忘れてた。




この人の笑顔も

女子を、瞬殺する。





甘い熱視線と、匂い立つ色気。
はにかんだ笑い方は完璧で、早くも私を緊張させる。



「手間取ってごめんね。先に車、乗っててくれる?」



そこにいたのは、思った通りの彼なのに。

落ちてきた一言は、想定外で。
というか、このシチュエーション自体全くの、想定外で。


いま、公衆の面前で
私、公にされてる・・・?






“手間取って”

棘を含む言い方に、張り詰めた空気。
空間内の女子全ての視線が、鋭利な矢となり私を貫く。







次の一言で、私は心得る。



「俺の車、分かるよね?」



なるほどなるほど。
一連の会話の相手は、私だけじゃない。


私には砂糖づけの笑顔を向けておきながら。
その背中の刃で、浮かれたお花たちを切り刻む。

確信犯の鮮やかな手口に、体温が上がる。





唇を噛んで、背後に見える般若たちへのより適切な回答を必死で考えてると。

完璧な微笑みで、車のキーを差し出した。





ほら、手を出して?




熱視線が、私に語りかける。




嗚呼。

この人、も。



美しい皮を被った、中身は獰猛な獣。






「そのエレベーターで地下二階まで降りたら、駐車場だから。」

『はい・・・。』


おとなしく両手の平が、落とされるキーを受け止めたのを見て。

ふわんと、満足そうに目を細めた。






やばい。
値踏みされる、痛すぎる視線に身はぼろぼろ。

あの子たち、相当若いよ。絶対今、心の中でババアとか言われてるよ。

早く消えたい・・・汗






次の瞬間、視界を覆った

サンローランのゼブラ柄とBVLGARIの香り。


身を屈めた彼が

左耳に甘く解き放った囁きは。







「身体がなくなる覚悟、してきた?」

『なっ・・・!』



言葉を失う私に。
あっは、と。それはそれは楽しそうに笑って。

黒い蝶々は踵を返し、荒れたお花畑に戻って行く。








車のキーが熱い。
あの熱い体温を思い出す。



大変な鍵を手にしてしまったようで、慌てた私は。
一度も振り返らずに、開いたエレベーターに飛び乗った。