「航は地方の仕事でいないんだよ。チョコはツアーの打ち合わせ。
瀬名さんに会えるのが嬉しいって言うなら、待ち合わせ相手は陽斗だろうな、と。」
『それも独り言?』
「そうそう、独り言。笑」
倫くんって一応事務所の社長だよね?
なんでそんな、各社員のスケジュールに精通してるの?
「誰からも何も聞いてないからな。」
私の心を見透かしたような涼しい発言に、腹がたつ。
後部座席で膝を抱える私は、ふてくされた顔で外を眺める。
バックミラー越しの、優しい視線を感じながら。
『倫くんって、みんなの何なの?』
「兄貴・・・かなぁ。向こうがどう思ってるかは知らないけど。」
『じゃあ、私は?』
「理沙は一人娘だろ。」
期待を裏切らない返事に、心が穏やかに満たされる。
『孫じゃなくて?笑』
「おい。笑」
イヒヒと笑うと、下がった眉毛の笑顔とバックミラーの中で目が合った。
「いい男だよ、陽斗は。」
倫くんが発した台詞は、やっと本物の独り言で。
涼しい車内で、ふわっと舞って消えた。
事務所の地下の駐車場で。
車を完全に停止させた後も、倫くんはエンジンを切らない。
今日は、最初からそんな気がしてた。
何か話があるんだろう、と。
「翔がさ。」
相変わらず、浮世離れして響くあの人の名前。
「帰国するんだよ。一度、三人で会わないか。」
私の顔を見ないことが。この人の優しさだと思う。
『会わないよ。』
バックミラーを見据えて。
はっきり、しっかり。噛みしめながら答える。
「そうか。」
『そうだよ。』
車のエンジンを切って。
悪かったな、と困ったように小さく笑う。
助手席のジャケットを手にしたのが合図なのに、私はまだ動けない。
「・・・行けるか?」
『行けるよ。』
立てていた膝を下ろして、転がっていたマノロに足を通す。
ただそれだけの作業なのに、なんだか体に力が入らなくて。
私は渾身の力を込めて車のドアを押した。