鍵を締めようと事務所に上がると。
帰り支度を終えたアヤがまだiPadを覗きこんでいた。
「あんたまだいたの?締めるよ、帰りな。」
ゴミ箱から溢れたコットンや綿棒を拾う。
「葵さーん、これ見ました?」
顔も上げないままのアヤが見入るのは。
理沙子が出演したplanetの例のMV。
ほんとにこの子は、一人で再生回数に大きく貢献していると思う。
「見たわよ、むかつくけど。」
快くハワイには送り出したけど。
まさか、こんなに陽斗くんと絡みがあるなんて聞いてなかったわよ。
お土産のディオールのサングラスで、だいぶ心は落ち着いたけど。
「理沙さん、めちゃくちゃきれい。
こっち見られると、女の私でもドキっとする。」
意外、だと思った。
アヤが繰り返し見入るのは、推しメン(で合ってる?)の七瀬や直生くんではなく。
理沙子だった模様。
「あの子は、色の白さと肌の綺麗さで得してるよね。」
「葵さん、僻み?笑」
「違うわよ、本人がネタにしてるからいいのよ。」
アヤを帰そうと、エアコンと半室の電気を落とす。
「ほら、帰ろ。」
「葵さん。
理沙さん、これから航や陽斗とデキたりは、しない?」
乙女な発想。
だけどあたしには、どちらかと言うとアヤが気にしてるのは理沙子の方な気がした。
「ないね、それは。」
ドレッサーに腰掛け、タバコに火をつける。
「翔さんを超える人は、なかなかいないよ。」
「翔さん?」
「ほら、もういーから。送りの車なくなるわよ。」
思わず出てしまった言葉を撤回することはできず。
代わりに、訝しげな表情のアヤを問答無用で追い出した。
一人になった事務所で、2本目のタバコに火をつけるか迷う。
青野翔。
理沙子にとって、最初にして最高の男。
あたしは何度かしか会ったことはないけど。
あんな男は、二度といないと今でも思う。
それはきっと、理沙子自身が一番そう思ってる。
翔さんじゃなくても、七瀬くんなら。
この3年間で個人的にはそう思ったことも、ないわけではないけど。
陽斗くんが迎えに来る夜、理沙子は席でよく笑う。
あの子はそれに
まだ気づいていない。