前を走る少女は入り組んだ道を迷う事なく進み続ける。

アダンの地下はとても広く外から見ただけではこんな風になっているなんて想像がつかない。

もっとも外から見えるアダンは海から出ている上部しか見えないから、想像できないのは当然なのだが。

チラリと背後に目を向けると二人の男が必死について来ている。

その姿を確認して再び前を向くと、少し先の場所で少女が立ち止まってこっちを見ていた。

「ここ、上」

少女が指差す先には上へ続く階段があった。

そこにある明滅する電球には見覚えがあった。アダンのスタッフに落とされた、あの階段だ。

地下が崩落した時の揺れが伝わったのだろう、上からは何やら騒がしい声が聞こえてくる。

「まさか、アダン崩れちまうのか?」

階段を見上げた男の言葉に、もう一人の男が我先にと階段を駆け上がる。

「沈む前に逃げなくゃ!まだ死にたくないぃ!!」

その言葉で恐怖が増したのか、もう一人の男も転びそうになりながら階段を駆け上がって行く。

本当に沈むかどうかは分からないが、ここが危険な場所だという事に変わりはない。

先に階段を上がるようにと口を開いて少女に目を向けたが、少女は何故か今来た道を引き返した。

「なっ、、おい!」

掴もうとした手は空を切り、少女は振り返る事なくそのまま走って行ってしまう。

上へ続く階段をチラリと見て、だがすぐに少女の後を追って走り出す。

「どこに行くつもりだ!戻って来い!!」

声を上げながら後を追うが、少女は足を止める事もなくどんどん進んで行ってしまう。

いつ崩れるか分からないまま、少女を見失わないように必死に追いかけ先程通ったばかりの道を通り過ぎ、また地下深くへと戻ってしまう。

一体何を考えてるんだ?

こちらには一切目もくれず走り続けていた少女が、ふと足を止めた。

だがホッとしたのは一瞬の事で、少女はすぐに駆け出して少し先に見えた部屋に入って行く。

いつ崩れても知らねぇぞ、そんな事を思いながら遅れて同じ部屋に足を踏み入れた。

そこは、部屋の中心を丸く囲むように沢山の椅子が並べられており、それ以外にも複数の椅子が辺りに倒れていた。

そしてその散らばった椅子に視線を落として立っている男が一人。

胸元辺りまで伸びた長い髪を一つに束ねているその男はこちらに背を向けて、まるで椅子に囲まれるように立っていた。

「答えは、出たのかな?」

静かな部屋で、ポツリと呟くように言った男の言葉が響いた。

その男のすぐ後ろに、少女は立っていた。

ゆっくりと振り返った男の瞳がすぅっと細められ、血のように真っ赤な瞳が少女を捉えた。

「マフィラ、どこ!」

叫ぶように声を上げた少女は、いつの間に持っていたのか両手に緑色に輝く短剣を握っていた。

「それは、自らの死を選んだという事でいいのかな?」

ニヤリと笑った男が少女に一歩近付いた瞬間、少女が短剣を手に駆け出した。

飛び跳ねた少女の短剣は男の顔のすぐ横を掠め、すぐに次の攻撃に切り替わる。

小さな身体で飛び回りながら剣を扱うその動きは、子供とは思えぬものだった。

一方、男は楽しむように口の端を上げながら余裕のある動きで少女の攻撃を避けている。

どういう状況なのか理解出来ないまま立ち尽くしていたが、ふいに部屋全体が大きく揺れバランスを崩した。

丁度床に足を着けた瞬間だった少女も同様にバランスを崩してしまい、それを見逃さなかった男が楽しそうに笑ったまま少女の腹を蹴り上げた。

「ーーーきゃあ!!」

小さな身体は何の抵抗もなく吹き飛び、壁に叩きつけられた。

力なく倒れた少女の手から短剣が転がり、揺れの収まった部屋にカランと小さな音が響いた。

「相変わらず弱いねぇ」

束ねている長い髪を邪魔そうに後ろに払った男が、床に倒れる少女に近付いた。

「、、、なに?」

少女の前に立つ俺を見て眉を寄せた男が頭を掻いた。

「そこにいられると邪魔なんだけど」

俺の後ろで少女がうっ、、と呟く声が聞こえた。

「よく分からないがガキ相手にやり過ぎなんじゃねえの?」

そう言うと男は目を丸くした。

「ガキ?この化け物が?」

愉快そうに笑った男が背を向けて歩き出した。

訳が分からずそのまま男を見ていると、俺の横を駆け抜けた少女が再び男に斬りかかろうと突っ込んで行く。

「逃げる、許さない!」

だが、男の方が早かった。

少女の短剣をかわし手首を掴んだ男は、その勢いのまま少女を俺の方へと投げ飛ばした。

勢いよく投げられた少女を受け止めると、男は部屋の出口で立ち止まった。

「俺はゼン・ルータス。そしてお前は、その化け物を殺す男」

なに一つ理解できないまま言葉だけを残して部屋から出て行く男、ゼン。

俺が化け物を殺す?化け物?

そんな事を考えていると少女がよろよろと立ち上がり俺の腕から離れた。

チラリと俺を見た少女は、すぐに男を追って部屋から出て行こうと駆け出した。

「危ねぇ!!」

駆け出した少女の腕を引っ張って腕の中に引き戻すと同時に天井が崩れ、少女がいた場所に落ちてきた。

部屋の出口を塞いでしまった瓦礫を見てため息をつくと、少女が俺を見上げた。

「、、、ありがとう」

そう言って少女は瓦礫に駆け寄るが、それを動かす事など出来るはずもない。

どうしたもんかと辺りを見渡してみると、さっきは気付かなかったが部屋の中心の床にすっぽりと穴が空いていた。

近付いて下を覗き込んで、そこでようやく気が付いた。

この下は俺が魔物と戦っていた部屋だという事、そしてこの部屋は貴族達がいた部屋だという事。

「扉」

少女の声が聞こえて振り返ると、椅子を手に持ってこちらを見ている少女と目が合った。

その少女の前には扉があり、幾つかの椅子がそれを塞ぐように雑に置いてある。

「椅子で隠してあったのか。よく見つけたな」

少女を下がらせて椅子を全部どけると、明らかになった扉を開けた。

短い廊下の先に上へと上がる階段が見える。

考えてみれば、ここは貴族達が集まる部屋。

何かあった時の為に出口を余分に作っておくのは当然なのだろう、貴族達にとって楽しむのも大事だが、安全の確保も優先すべき事だ。

「ここから上に行けるな。、、、そういえばお前怪我は?」

普通に動き回っていたから深く気にしてはいなかったが、ゼンに吹き飛ばされたり蹴られていた。

目立った怪我はないように見えるがどこかを痛めている可能性もある。

「怪我、ない」

それを聞いて安心するが、この華奢な身体でよくあんな動きが出来たなぁと思う。

俺を見上げる少女の色違いの瞳を真っ直ぐ見る。

「俺はリウベール・ラック。お前は?」

少女が瞬きをした。

「ユイナ」

ユイナが少しだけ、嬉しそうに笑った。

「ユイナ、走れるか?」

「走る、平気」

頷いたユイナを見て扉の先へと駆け出す。

地上へ出られる道を探して。