アダンの中へ入ると聞こえていた歓声がより一層大きくなると同時に行き交う人々も増えた。

入ってすぐ正面にある部屋は挑戦者が集まる場所らしく、妙に物騒な武器を手にした人が足早に向かって行く。

その部屋の左右には上へ続く階段があり、見物客達が興奮した様子で歩みを進めて行く。

「今日はどんなのが見れるかな」

「昨日派手にやられた奴いただろ?アレぐらいの血が見てぇなぁ」

前を歩く男達の声が耳に届く。

「あぁいたな。俺あいつに賭けてたから負けちまってさ」

「お前馬鹿だなぁ。見た目で弱いって分かっただろ」

ゲラゲラと笑う男達の話を聞いて、一気に気持ちが冷めていくのを感じた。

階段を上がった先は球体の建物の造りをそのまま使って円を描くようにぐるっと一周できるようになっている。

一周する道の東西南北の四ヶ所に扉があり、そこから内側の見物席に入る事ができる。

「今日も賭けるぜぇ」

「俺は今日は見るだけでいいや」

前を歩く男達が見物席に入って行く。

見物席へと続く扉を通り過ぎ、中途半端な道の途中で足を止めた。

扉の向こうから聞こえる歓声が何処か遠くに聞こえる。

強き者が集まる場所なら何か情報が得られるかもしれない、そう思ってここへ来てみたがそれは間違いだったようだ。

ここに強き者などいない。

ここにいるのは自らの力に溺れた者、血に飢えた者、ただ人を傷つけたい者、賭けをする者。

こんな場所に何を期待していたんだ、俺は。

アダンに来た目的を早々に失くし、もうここに用はないと踵を返した。

「ん?」

先程上がったばかりの階段に目を向けた時、ふと視界に入った小さな姿。

アダンの入り口で見た少女だった。

見物席へと続く扉から出てきた少女はその足を止める事なく向こう側へと走って行く。

向こう側へ行ったとしてもこの道は一周して繋がっているからまたここへ戻って来る事になる。

それとも他の扉から見物席へと入ろうとしているのか。

どちらにしろこんな所に来るなんて物好きな子供がいたもんだ。

「あの、す、すみません」

ふいに掛けられた声に振り返ると、入り口にいたスタッフと同じ格好をした男がいた。

声を掛けられた意図が分からないまま黙って男を見るが、男は口を開かないまま目を泳がせている。

「何か用か?」

黙ったままの男に眉を寄せながら問いかけると、男はハッとしたように顔を上げた。

「あ、いいえ、あの、、すみません」

なんだか気弱そうな男だ。

「あの、その、、小さな女の子を見ませんでしたか?ま、迷子、らしくて」

入り口で話していたスタッフ達の会話を思い出す。

中のスタッフに連絡するとか言ってたな、こいつの事か。

「その子なら、さっき向こうへ行ったのを見た」

少女が走って行った方を指差しながら言うと、男はため息をつきながら肩を落とした。

「はぁ、、また向こうに、そう、ですか、、」

うなだれた男を下を向いたままぶつぶつ呟いている。

さっきからずっと追いかけているんだろうなぁと思いながら男を見ていると、男は急に顔を上げた。

「あ、あの、一緒に探してくれませんか?」

「はぁ?」

あきらかに嫌な態度を出したにも関わらず、男はそんなのお構いなしに話を続ける。

「さっきから追いかけてるんですけどすぐ逃げちゃって。ほら子供ってちょこまか動くじゃないですか!僕一人じゃ無理だし、うん、それに、、」

さっきまでのオドオドした喋り方ではなく、急に早口でそう言った男は一度口を閉じてからふと視線を下げた。

「あなたなら、、」

「他にスタッフがいるだろ?俺はもう帰るとこなんだ」

これ以上喋る前にと男の言葉を遮って歩き出そうとしたが、男は物凄い勢いで腕を掴んできた。

「お願いです!!僕を助けてください!!!」

何故そこまで焦っているのか、と思う程男の額には汗が流れていた。

スタッフでもなんでもない、ただここに来てしまっただけの俺が、何故そんな事をしなくてはならないのだろうか。

そう思いつつも、腕を震わせながら懇願してくる男の迫力に押され仕方なく分かったよと言うと、男はホッとしたように息を吐いた。


「ありがとうごさいます。本当に、、」

ようやく俺の腕を離した男にため息を吐くが、男は余程安堵したのか特に気にした風もなく道の向こう側を見た。

「あ、あの、僕はこっちから探すので、あなたは向こう側から、、お願いしますね」

先程少女が消えた方へ走り去る男の背中を見ながら、本当になんでこんな事になったのだろうと眉を寄せる。

他にスタッフいるだろ、さっき男に言った言葉をもう一度頭で呟きながら仕方なく反対方向へ歩き出す。

見物席に入ってしまえばそう簡単に見つけられるはずもないし、さっきみたいに出て来るのを待つのも時間が掛かるし。

「こんな事ならさっき声掛けておけば良かったな」

無駄な後悔をしつつ半分程歩いた時だった。

見物席への扉とは反対の壁に、扉が見えた。

絶対、という確信はないがその扉に書かれた文字を見て物凄く嫌な予感がした。

"立ち入り禁止"

ほんの少しだけ、それも小さな子供が通れるくらいの隙間が空いていたのだ。

道の向こうに目をやるがさっきの男が来る気配はない。

見物席を探しているのだろうか。

こんな状況だし、見るだけなら別にいいか。

そう思って扉に手をかけた。

扉の先には下へ続く階段があり、踊り場に取り付けられた電球は切れかかっているのか、チカチカと明滅している。

そのせいか、踊り場から下はよく見えない。

スタッフしか入れない場所なんだろうし、ここで男を待つか。

そんな事を考えていたからだろうか、背後から感じる気配に気づくのが遅かった。

振り返ろうとした時には既に遅く、どんっと勢いよく背中を押され何がなんだか分からないまま暗い階段を転がり落ちた。

完全に気を抜いていたため、何の受け身もとれないまま踊り場に背中を打ち付けた。

「あ、、あの、、」

切れかかった電球のせいで暗くなったり明るくなったりする視界の隅で、階段の上で立ち尽くしているさっきの男が見えた。

自分で落としたくせに、ガタガタと肩を震わせている男が俺を見下ろしている。

「す、すみません、、、本当に、、本当に、、、ご、ごめんなさい、、、」

怯えきった男の顔を最後に、俺の意識は途切れた。