**-- other side Eleven --**
それから俺は、栞が落ち着つくのを待って、クリスマスに渡せなかったプレゼントを渡した。
ムーンストーンのネックレス。
真珠みたいにまん丸なその石は、栞の心の形。
昔ばなしで『かぐや姫』ってあったのを栞は覚えているかな。
昔ばなしのかぐや姫とはずいぶん違うけど、栞は俺にとってのかぐや姫だ。
かぐや姫のほかに、栞がどうしてあまのじゃくな姫なのか、そういうこともこの場所で言いたかったけど、気づくと辺りは真っ暗だった。
栞の手を取ると、本当に冷たかった。残念だけど、話の続きは暖かい場所に行ってから話すことにした。
それに、栞の部屋の前ではヒデと雪ちゃんが待ってくれている。
栞を探している途中でヒデからも連絡があって、そうしていると言っていたから。
俺だけ栞を独り占めするわけにはいかないもんな。
俺はヒデと雪ちゃんを、それぞれ父上と母上に見立てて「帰ろう」と促した。
それは、俺が今できる精一杯のジョーク。
**-- other side Eleven --**
帰りの車の中で栞は「続きが聞きたい」と言っていたけど、俺はもったいぶって言わなかった。
車の中で話すには、時間が足りなさすぎる。
もっとゆっくりしたところで、2人だけで聞かせてやりたかったんだ。
ヒデと雪ちゃんも待っていることだし、早く2人に栞を会わせなければという気持ちでいっぱいだった。
そして部屋に着くと、栞は車を降りるなり雪ちゃんに駆け寄って泣いた。
俺とヒデは、そんな2人を見てお互いのケツをパンパンと叩き合った。
これは、何かいいことがあったときや、お互いの成功を祝うときにやっていた、2人の間での儀式みたいなもの。
正月のときのわだかまりは、この儀式で雪解け。男の友情、復活。
抱き合って泣く2人を見ているとヒデは顔に似合わずもらい泣きをしていた。
その涙で、ヒデも心配でたまらなかったんだろうと感じて申し訳なかった。
ヒデには今まで以上にウザいくらいに頼らせてもらおう、不謹慎だけどそう思った。
**-- other side Eleven --**
これからの俺たちは、特に栞は、いろいろと難しい生き方をしなくちゃいけない。
不安に押しつぶされそうなときもあるだろう。
訳もなく泣きたくなるときも1度や2度じゃないはずだ。
栞の頭からは、あの彼――長坂さんが消えることはないだろう。
それは俺たちだって同じことだ。ずっと果てしなく長坂さんが付きまとうだろう。
でも俺は、負けない。
栞がこんなに小さな体で闘っているのに、俺だけいつまでも……というわけにはいかない。
この日の気持ちは、俺は絶対に忘れない。
くじけそうになったら、この日の気持ちに立ち戻ればいい。
そこにはいつも、俺やみんなの真実がある。
樹紀にだって約束したんだ。
今度は必ず、幸せにしたいと思う人を、栞を守る。
この先の未来に何が起こるとしたって、きっと俺たちだったら乗り越えていける。
だって、こんなにも強い絆があるじゃないか。
絶対に切れたりしない、何よりも強い心の絆。
**-- Twelve --**
その日の夜、直貴はワタシの部屋に泊まることになった。
“大丈夫だから”と何度も断ったけど、雪とヒデに無理やりそうさせられた。
ワタシと直貴は強引に了承させられて、渋々“分かった”と頷くと2人はそそくさと帰ってしまった。
直貴は、車を戻しに行ってから部屋に上がった。
部屋に雪以外の人を上げるのは初めてだった。引っ越したどの部屋でも、ワタシは誰も部屋には入れなかった。
あの人だって前につき合っていた人だって、絶対に入れなかった。
割り切った関係を保つためと、余計な情を移したり移されたくなかったから。
雪は女同士だからまだ許せる範囲だっただけで、男の人には入ってほしくない領域だった。
ワタシの城、最後の砦(トリデ)みたいな感じだったんだ。
でも、もう必要ない。
ワタシには大事な友だちがいる、仲間がいる、直貴がいる。
一生分の“ありがとう”を言っても言い足りないくらい、ワタシはみんなに感謝している。
今、すごく幸せだよ。
**-- Twelve --**
「……何か食べる?一応、お酒も冷えてるけど」
緊張しながら、ワタシはクッションに正座している直貴に声をかけた。
「う、うん。じゃあ、とりあえず酒でももらおうかな」
直貴は少し目を泳がせながらそう答えた。
ワタシは“分かった”と頷くと、冷蔵庫から缶チューハイを出して直貴に渡した。
まだご飯もまだだったから、ワタシはシチューとサラダを作った。
直貴は缶チューハイを飲みながらワタシが料理を作っているのをチラチラ見ていた。
無言の時間。
響くのは野菜を切る音や鍋がグツグツ煮立つ音。
それだけでワタシは幸せだった。
直貴も緊張してるのかな?
正座の姿勢に落ち着くまで何度も体制を変えて、ざっと部屋を整理したり着替えたりしている間もソワソワしていた。
直貴といると、病気だってことを忘れている自分に気づく。
直貴が見つけてくれるまでどう死のうかとばかり考えていたのに、今はそんなことも思わない。
直貴の力は絶大だ。
**-- Twelve --**
「はい、どうぞ」
ワタシはできたてホヤホヤのシチューとサラダを直貴が座る机の前に出した。
「うまそ〜」
直貴はワタシにニッコリと笑いかけてから早速シチューに手を伸ばした。
「どう?」
「ふはい!」
――“うまい!”って言いたい?
直貴は熱々のジャガイモを舌で転がしながら言った。
「ちゃんとフーフーしないからじゃん、出していいから」
ワタシは直貴の少年みたいなかわいらしさに愛しさを感じながら、ティッシュを何枚か取って直貴の口元に当てた。
「なんちゃって!もう飲み込んだからヘーキ!」
心配するワタシをよそに、直貴はものすごい演技力を見せた。
「はっ?」
当然ワタシはそう言った。
「栞が作ってくれたもん粗末にしたら怒られる」
直貴はニコニコしながらワタシの心をキュンとさせることを言う。
――なんか夫婦みたいだな……。
ワタシは勝手にそう思ってしまった。
**-- Twelve --**
ただシチューを2人で食べることくらいで、こんなにドキドキするとは思わなかった。
この笑顔とセリフ、ワタシの胸キュンポイントに決定だ。
それから直貴はサラダを食べ終わるまで終始ニコニコ笑顔を崩さなかった。
ワタシが初めて男の人に作ってあげた料理・シチュー。
初めて食べてくれたのが直貴で本当によかった。初めて作ってあげたのが、直貴で本当によかった。
こんなどこのカップルもしていることを“記念日”だなんて思っているワタシは大げさな女かな?
でも、本当にうれしい。
こんなふうな普通の幸せを感じることができるのも、全部直貴のおかげ。
あの合コンで直貴がワタシを追いかけてきてくれなかったら、ワタシはとっくに死んでいたと思う。
崖の下にいるワタシを見つけて、引き上げようとしてくれている直貴。
見つけるだけでも難しいのに、引き上げようと手やロープを差し出してくれる直貴。
直貴、あなたの無償の愛を、今この胸に消えないようにしっかりと刻もう……。
**-- Twelve --**
「ごちそうさま!うまかった〜」
直貴はシチューを2回もおかわりをして、サラダもペロッと食べてくれた。
「はい」
直貴の満足そうな笑顔を見ると、ワタシのほうまで笑顔になる。
食事の間も、チラチラと直貴が目の端に入るたびにワタシはうれしくて笑顔になっていた。
――いけない、また泣きそうになってきた……。
もしかしたらこれが最後かもと思うと、うれいのと悲しいのが順番に巡ってくる。
今は悲しいと思う順番が来てしまった。
「くつろいでていいから。お皿、下げるね」
ここで泣くわけにはいかない、直貴に心配させてはいけないと思って、ワタシはお皿を急いでキッチンに持っていった。
ジャージャーと水を勢いよく出して、ワタシは涙をこらえながらお皿を洗う。
「まだ冷蔵庫にチューハイあるからさ、好きなの出して飲んでいいよ?」
ワタシは直貴に背中を向けたままなるべく普通の声で言った。
「泣きたいスイッチ入っちゃったんだろ?」
**-- Twelve --**
その声とともに、ワタシの体にふわっと直貴の体が重なった。
後ろから抱きしめられる格好で、直貴の体温や鼓動や腕の重みが背中を震源にして全身を震わせる。
ワタシは、お皿とスポンジを持つ手が一瞬にして止まった。
「……す、少しだけ……」
「我慢しなくていいからな」
「うん……」
――やっぱり直貴はすごい。
ワタシはまた直貴の胸を借りて泣いてしまった。
どうしてこんなにワタシの気持ちが分かるの?直貴は。
好きになってはいけないとずっとセーブしてきた気持ち、もう止められなくなっちゃったよ……。
後片付けも中途半端に、ワタシは直貴に促されるままクッションの上に戻り、気が済むまで泣いた。
シチューを食べ終わったときから直貴は眠そうな目をしていた。
それにも関わらず、直貴はワタシの気持ちを優先してくれて、その大きな胸で泣かせてくれた。
あの川原で会ったときから直貴の目が寝不足で充血していたのは分かっていたのに。