ささやきながら、千晴くんの右手の指先が私の下くちびるをなぞった。

いつの間に彼は、こんなに扇情的な目をするようになったのだろう。いつの間に、こんな、大人の表情を。


……そして私が千晴くんを『弟』に見れなくなったのは、いつからだっただろう。



「ご、ごめん……ごめんね、きもちわるいよね、私」

「一花ちゃん?」



突然ボロボロと涙をこぼす私に、千晴くんが驚いたように目をまるくした。

泣きたくなんてないのに、止まらない。みっともなく涙を流しながら、それでも必死で、言葉を尽くす。



「弟、みたいに思ってたの。なのに、千晴くんが高校生になった頃くらいから……お、男の子なんだなぁって、意識するようになっちゃって。わ、私は、5歳も年上のくせに。千晴くんに、ドキドキしちゃうようになって」

「………」

「いい加減忘れなきゃって、思ってるのに……っあ、会うとやっぱり、意識しちゃうから……だから、私……っ」



どんな罵倒や軽蔑の言葉が飛んで来るかと、ぎゅっときつく目を閉じた。

だけど、おそれていたそれらは一向にやって来ない。不思議に思ってそろりとまぶたを押し開けた私は、目の前にいる千晴くんの思いっきり呆れたような表情に本気で困惑した。



「え……?」

「……一花ちゃんは、馬鹿なの?」

「え!?」



『なんかものすごく心の底から馬鹿って言われた?!』と狼狽える私なんてお構いなしで、はーっと深いため息を吐いた千晴くん。

そしてそのまま、ぎゅっと強く抱きしめて来て。私の肩にあごを乗せながら、そこでもさらに嘆息する。