おかしい。こんな状況、おかしい。

頭の中ではぐるぐるとそんなことを考えつつ、千晴くんから黒いコートを受け取る。

そのとき彼の腕に見えたあるものに目が止まって、つい口を開いた。



「……あ。それって、」

「ん? ああこれ、一花ちゃんが大学の入学祝いにくれたやつだよ」



私と同じものに向けられた彼の視線の先にあるのは、左手首につけられている腕時計だ。そこまで高価なものではないけれど、大人の男性がつけていてもまったく遜色ないブランドとデザインのそれ。

当時は、学生には少し大人っぽすぎたかなあって思ったけど。けれど成長した彼が身につけている姿を見るとしっくり馴染んでいて、こんなところでも時の流れを感じた。


話しながら千晴くんが少し袖をまくったから、黒いメタリックな外観があらわになる。

同時に彼の筋張った腕も見えてしまって、ひそかに一際大きく心臓がはねた。



「あのときも電話したけど、ありがとね。これ、もらったときすげーうれしかった。ずっと使ってるよ」

「ん……そっか。よかった」



努めて平静を装いながら、彼の笑顔と言葉にじわりと胸が熱くなる。

距離もあったしなるべく顔を合わせたくなかったから直接渡したわけじゃなくて、お母さん経由でプレゼントした入学祝い。

そっか……千晴くん、使ってくれてたんだ。

お世辞だとしても、うれしい。あの頃少し悩んだけど、あげてよかった。