「久しぶり、一花(いちか)ちゃん」
押し開けた玄関のドアの向こうにいた人物を視界に映した瞬間、息が止まってしまったかと思った。
どうして。どうして彼が、ここに。
「……千晴(ちはる)くん?」
自らが持つ記憶の引き出しの中をいちいち探すまでもなかった。自然と、私のくちびるからは彼の名前がこぼれ落ちる。
そうして今さらながら、心臓がありえないくらいに早鐘を打ち始めた。
忘れるわけがない。もう何度も、それもたくさんたくさん努力して時間をかけて、必死に胸の奥深くに押しのけたはずの彼に関する記憶だけ詰め込んだ宝箱が、簡単に手元に舞い戻ってぱかりと蓋を開ける。
その箱にしまいこんだ面影よりも、今自分の目の前に立っている彼はずいぶん大人っぽくなっていた。背も伸びたし、身体つきや顔つき、声音までが、少年だったあの頃より確実に青年と呼ぶべきものへと変化している。
それだけの期間、私は意図的に、彼と“会わないように”していたというのに。
「え、な、なんで、」
「はは、一花ちゃんすげぇあわててる。……ちゃんと相手も確かめずにドア開けるって、ひとり暮らしの女性としては結構不用心だよね」
呆然とする私を茶化すようにそう言って、千晴くん──今年大学を卒業するはずの、もうずいぶん顔を合わせていなかった5歳年下の幼なじみはその生意気そうなつり目を細め、笑みを浮かべる。
くらりと、眩暈がした気がした。だけどそれはどうやら気のせいで、事実床にしっかり両足で立っている私はなんとか言葉を探してしぼり出す。