「俺がテストでいい点を取ればそれを誰かに話せる。
スポーツでいい結果を残せばそれが世間に広がる。
いい大学に、いい会社に入れば、ご近所に鼻が高い。
そんな事しか……あの人たちは考えていないんだよ」


お兄ちゃんはずっと。
お父さんとお母さんの心を知っていたんだ。
私より早く生まれた分、ずっと苦しんでいたんだ。


「それなのに……お前が生まれても……。
俺へのプレッシャーは変わらなかった」


そう言えば、私がどんなに悪い結果を出したって。
お父さんたちは怒らなかった。
もちろん頭の中では罵声が響いていたけれど。
口に出されるのは『頑張れよ』という言葉だけだった。
多分、最初から私には期待をしていなかったのだろう。

勉強もスポーツも。
ずっと人並みくらいだった。

だから私の事はもう諦めていたんだ。
その分、お兄ちゃんへの期待が更に大きくなった。

そう思うと心苦しくなるけれど。
お兄ちゃんはそれ自体は気にしていないみたいだった。


「まあ、最初は恨めしかったよお前が。
でも……お前は……普通の人にはない力を持って生まれてきた」

「心の声……?」

「そう。それのせいで苦しむお前を見て。
俺は思ったんだ、人間は平等だと。
俺はプレッシャーに苦しみ、お前は心の声で苦しみ。
それでバランスを取っているんだと」


『だけど』と小さく笑みを向けるお兄ちゃん。


「次第におかしくなったんだ。
お前が苦しんでいる理由を知るのは俺だけで。
お前が頼るのは俺だけで。
お前が見ているのは俺だけで。
そんな風に俺を見つめる和葉が何より愛おしかった。
大好きで、大切な妹だった」


お兄ちゃんは哀しそうに笑うと視線を海へと向けた。
波を打つ光景を眺めながらポツリと口を開いたんだ。


「でも、いつからかそれが快感になっていた。
純粋にお前を心配していただけなのに……。
お前が苦しめば苦しむほど。
俺を頼れば頼るほど、俺の中には醜い優越感が広がって行ったんだ」


奥歯を噛みしめて、ただ海を見つめるお兄ちゃん。
その横顔を見ながら私は小さく息を呑んだ。