「長々と喋るのは面倒だからひと言だけ」


そう言って正輝はお兄さんを無表情で見つめていたけれど。
すぐにいつものフワリとした笑顔を浮かべていた。


「兄貴が俺を嫌いでもいい。
その分、俺が兄貴を好きでいるから」


正輝らしいその言葉に私もつられて笑顔になる。
いつだってキミは真っ直ぐで。
その力強い優しさが周りの人をも巻き込んでしまう。


「っ……!!」


だって、あれほど頑なだったお兄さんが。
隠そうともせずに哀しそうな顔を浮かべているのだから。


「やり直せますよ。
ちゃんと自分の気持ちと向き合って、正輝にぶつかれば、何度だってやり直せます」


前にお兄さんと話した時は、受け入れて貰えなかった言葉。
だけど、今日は大丈夫。
そう思ったのは。


「うっ……」


お兄さんの目に浮かんだ涙を見たからだ。
小さく悲鳴を上げるお兄さん。
それを見た瞬間、胸の中に芽生えた名もない感情。
それは大きく膨れ上がって、私の瞳を濡らしていく。


「アンタが泣く事じゃないでしょ」

「だって……」


それに気が付いた正輝は呆れたように笑っていたけど。
優しく私の手を握り続けていた。


「俺っ……正輝なんか……大嫌いだ……」

「……ん」

「嫌いなんだよ……」

「ん」


兄弟の会話を聞きながら私は頬を緩めた。

天邪鬼なその言葉。
それでも2人にとっては大きすぎる第1歩だった。

だって、偽りなく自分の気持ちを伝えようとしているのだから。