ハンカチをしまい、顔を上げると、
彼の顔が目一杯に広がり、
静かに離れた。
感触がないので、何をされたのかが一瞬分からなかった。
「ずるいよね、七瀬」
「…ずるいのは、あなたもでしょ?」
私がそう言うと、彼は今日一番の笑顔になった。
「また会える?」
「逢いに行くわ。必ず」
彼は目を細めて笑った。
ああ、この顔だ。何年ぶりだろう。
私の大好きな彼のこの笑顔。
私が、ずっと見たかった…
「ありがとう」
鼻をすすりながら私が言うと、透き通った彼の手が私の頬をなでた。
「またね、七瀬」
天気はいつの間にか、また小雨になっていた。
彼は晴れやかな顔をして雨の中へふわりと飛び、きらきらと揺らめきながら、すぅっと消えた。
私はまた、ぎゅっと胸を締め付けられた。
彼が消えたと同時に、電車の先頭車両が私の視界を横切った。
深く深呼吸をする。
足元はふわふわとしている。
ぺたりと肌にまとわりつく雨の湿気と匂い。
ずっと嫌いだったそれさえも、今日はなんだか素敵なもののように思える。
またいつか、私は彼に逢うことができる。
そして私は、電車に乗った。