十二月 十一日
明日は朝から今シーズン初の雪が関東圏に降り、寒さも一層増すでしょうと昨晩のテレビの天気予報は言っていた。その予報は見事に的中して、僕の地元にも朝から雪が降った。サラサラとしていて細かいため、まるで粉砂糖のようだった。
僕はその雪の中を歩いて、こう言う。
「まるで、雪と君、だね」
少しだけ捻って言った言葉なのだが、僕の隣を歩く[君]はそのまま返してきた。
「雪と君、なにーそれ?」
ブラウンのショートヘアー、整えられた眉に長いまつ毛、凛々しくも優しそうな目、筋が通って綺麗な形をした鼻、血色が良くて口紅を付けなくてもいいんじゃないかと思う唇、僕のそれほど大きくない両手でも包み込めそうなほど小さな顔。
一週間前に別人の姿で僕と再び出会った[君]と、またこうして歩いていられることや話せることに幸せな気持ちと複雑な気持ちがあった。
「ことわざで、雪と墨、っていうのがあるんだ。意味は……そのままだね。雪の色と墨は真反対でしょ?」
「でも、なんで私?」
「雪は静かで、おとなしくて、儚い、そんな感じでしょ。一方、元気で、子供っぽいところがあって、そして揺らぎない自分を持ってる。だから、雪と君。ふと思って言ってみただけだよ」
差している傘に僅かに積もった雪を橋から川へと振り落として、再び頭上に持ってくる。その行動をとっている間、[君]はずっと目を細くして、眉間に皺を寄せて僕を見続けていた。
「な、なに?」
「ヒカリってさ、そういうところあるよね。天然なのか無神経なのか狙ってなのか分かんないけどさ、ズバッと言うところ。まったく、失礼しちゃう!」
頬を膨らませて、そっぽを向いてしまう[君]。
彼女は分かりやすく怒るのだが、僕は何に怒っているのかが分からなかった。
「……でも、[君]だって、僕をずっとヒカリって呼んでるじゃん。本当はヒカルなのに。もう三年くらい経ったんじゃない? その呼び方を始めて」
「だって漢字が『光』だったら、どっちだか分かんないわよ! それにヒカリでも別にいいよって言ったのはヒカリじゃない」
「まあ、そうなんだけどね」
今でも鮮明に覚えている。
三年前の中学三年生の時、今ごろの時季だった。
初めて話したのと、初めて名前を呼ばれたのは同時だった。
「ヒカ…リ君?」
[生前の君]にそう呼ばれて、僕は思わずフフッと笑ってしまった。
「残念。ル、だったね。でも、よく間違えられるし、別にどっちでもいいよ」
「あ、そうなのね。じゃあ、ヒカリ君って呼ぶわ」
「それで、どうしたの?」
僕は[生前の君]との接点が今までなかったため、今の今まで会話したことがなかった。
だから、僕に話しかけてきた時は不思議に思った。
クラスの中で中心的な存在で誰とでも友好的に接する[生前の君]が、クラスの中でその場の空気に流されるように過ごしてきた僕に話しかけてきたから。
「ヒカリ君って進学先、多分、私と同じだよね?」
「そうなの? 僕、J高の進学クラスに受かったよ。推薦だけど」
「やっぱり! あのね、私もクラス一緒になると思う。一般試験だからまだ先だけど、受かったら、よろしくね。ヒカリ君」
僕と[生前の君]との付き合いはそこからだった。
とは言っても最初のうちはまだ「おはよう」や「またね」ぐらいの、会話と呼べないような会話だけだった。同じ委員会やクラス委員でもなかったから、特に話すこともなかった。
でも、話すようになり始めたきっかけを作ったのは[生前の君]だった。
学校での授業が終わり、部活はとっくに引退して委員会にも所属していない僕は掃除をして下校するのがここ数カ月のデフォだった。
けれども、冷え込む三学期のある日の放課後、[生前の君]に呼び出された。それも直接言われた訳ではなく、下駄箱の僕の外靴の上に折り畳まれた手紙を乗せて、その手紙に書いてあったのだ。
上履きを脱いでいた僕は足に床の冷たさが早々と伝わってくるのを我慢しながら手紙を読む。
〈 ヒカリ君へ
この手紙を読んだら、そのまま帰
らずに教室に残っていてほしいな
私はちょっと職員室に行ってから
教室に戻るから待ってて 〉
どうやら差出人は名前を書き忘れていたようだけれども、僕をヒカリと呼び、なおかつ僕に接してくる女子はただ一人しかいなかったので、名前が書かれていなくとも分かったから問題は無かった。
でも、せっかく学校から解放されてしばしの自由時間を削られるのは少し不満があった。その上、僕は[生前の君]が職員室から教室に戻って来るまで待たなければならないのだ。
渋々、脱いだ上履きを再び履いて二階にある自分の教室に戻った。
教室には人は居なかった。僕と[生前の君]以外のクラスメイトは委員会があったり、受験勉強があるためにさっさと帰ったのだろう。でも、まだ机の上に置かれている鞄がいくつかあったから、まだ掃除中なのか、もしくは[生前の君]と同じように校内のどこかへ行っている人がいるのだろう。
用事を終えて[生前の君]が戻って来るまで立っているのも億劫だったので、僕は窓際の席に座る。時刻はまだ午後四時過ぎだが、すでに陽が傾き始めていた。真冬となると陽が傾くのが早く、冷え込む時間が長くなる。外の部活動の人にとっては辛いだろうな、と思いながら校庭のサッカー部や野球部を見ていた。
僕も去年の夏までは同じ校庭でボールを蹴っていたのに、気が付けばここに居る。
あと一ヶ月もしないうちにこの中学校を卒業することになるんだな、改めてそう思った。
それと同時に、どんな高校生活を歩むことになるのだろうかと思った。
僕の中学生活は、流されっぱなしだった。イエスかノーをはっきり言えるような性格じゃないから、どうしても我慢してしまった。その結果、空気のような存在になってしまい、部活動でもクラスでも常に目立たず、授業でペアを作るような時も僕が余ることが多々あった。だからこそ高校では変わりたい。強くこう思った。
気が付けば、時計の針は午後四時半を過ぎていた。陽が山に隠れ始めて、狭い校庭を山の影がジワジワと埋め尽くしていく。
すると[生前の君]はやっと教室へと戻って来た。
僕を見るなり、
「いやぁ、先生との話が長引いちゃって。ごめんね、ヒカリ君」
と、くしゃっとした笑顔で言った。
教室に差し込む夕日が[生前の君]を照らす。
黒髪のボブカットで、整えられた眉、濁らず澄んでいる目、ツンとした鼻、笑うと見える八重歯。[生前の君]の顔は中学生特有のあどけなさの残る印象を与える。そのくせ身長は女子の割に高く、まだ成長期の途中である僕と大差ない(もちろん、僕が僅かに勝っている)。
「それで、どうしたの?」
「うん、実はね」
そう言って[生前の君]は制服のポケットからガサゴソと何かを取り出す。握って隠して、僕には見せないようして「はいっ」と言って、僕に握った手を差し出す。
「……なに、なんですか?」
「コレ、受け取ってほしいの。だから、ヒカリ君、手を出して」
[生前の君]は笑って八重歯を見せてそう言うが、意図が読めなかった。
人を帰らせず待たせて、挙句には唐突にプレゼントと来た。
「意味が分からないよ」と言いつつも、[生前の君]が差し出す握った手の下に、受け皿のように手を差し出した。
瞬間、[生前の君]はあどけない笑顔から、ニヤッと何か裏のある笑顔に変わった。
それを見過ごした僕は、まんまとやられた。
手から落ちてきたのは、濃い茶色で、長い節足が特徴の一般的に言うGのおもちゃだった。でも、それは瞬時におもちゃと見分ける事が難しいほどのリアルなモノで、当然、虫が嫌いで、まだ[生前の君]がイタズラ好きと知らなかった僕には見分けられるはずもなった。
しばらく出していなかった腹の底からの声を上げながらGのおもちゃを床に投げつける。人って本当に嫌いなものだと無意識に速く反射してしまうと実感した。
「あはははっ! な、投げる時の必死の形相ヤバかったよ。ははは、あーお腹痛い」
「あ、あのねえ……」
「ごめんってー」
「用件ってコレ?」
「いやいや。コレはおまけ。本題はこっち」
ファイルからB5サイズほどの紙を取り出して、僕に見せつけてきた。
「ジャーン! 私もヒカリ君と同じ高校に受かりました! 今日、一般試験の合否発表だったんだよ」
そういえば今日はそうだ、と僕は言われて思い出した。
見せつけてきた紙には名前と、大々的に書かれている合格と言う文字があった。そして、クラス名すらも。私立の高校だから学業の優秀順にクラスが振り分けられるのだ。
「……なんで僕と同じクラス? 僕、平均的なクラスだから、クラスは違うはずじゃ?」
「ううん。私、そんなに勉強、得意じゃないよ」
僕のなかで、クラスの中心人物イコール頭が良いという印象があったが、どうやらそういうわけではないようだ。
「だから前に言ったじゃん。私、ヒカリ君と同じクラスになるかもって」
「そういうこと……」
「うん。またよろしくね!」
夕日に照らされて、無邪気に笑う[生前の君]。
[君]を知り始めたその日を思い出して、今の僕が感じるのは、懐かしさと初々しさ。
そして、今、僕の隣を歩く[君]を見る。
「……まだ受け入れられない?」
僕はどうやら[君」に心を見透かされていたようだ。
「言い方はアレだけど、やっぱりまだ半信半疑っていうところかな」
「それは私自身に対して? それともこの状況に対して?」
またもや凛々しい目を僕に向けてくる。
生前の姿とは全く違うのに、中身は[君」のまま。
僕が今見ているのは現実か、夢か。
「…………………どうだろうね」
溜めてやっと言えた答えが『どうだろう』という曖昧なものだった。
言った直後に僕は自己嫌悪と後悔に襲われる。
でも[君]は僕とは対照的に、
「うん。分かってる。だって私自身が、今のコレは死に際の夢なのか、それとも死んだ後の現実なのか、分かんなくて変な感じだもん。そりゃ、当人じゃないヒカリも同じかそれ以上の複雑なものでしょう」
と、しっかりとした答えを言った。
今の状況は現実なのか、夢なのか。
これが夢だったら、僕は夢の中で[君」を勝手に殺してしまった。ただ、目が覚めれば何事もなく済むだけだ。
でも現実だとしたら、[君]は二週間以上前に心疾患で死んだはずだった。
[君」の母親から『娘が今亡くなった』と涙声の連絡を受けた時、あれほど思考を一瞬で奪い去った感覚を僕は今でも覚えている。
明日は朝から今シーズン初の雪が関東圏に降り、寒さも一層増すでしょうと昨晩のテレビの天気予報は言っていた。その予報は見事に的中して、僕の地元にも朝から雪が降った。サラサラとしていて細かいため、まるで粉砂糖のようだった。
僕はその雪の中を歩いて、こう言う。
「まるで、雪と君、だね」
少しだけ捻って言った言葉なのだが、僕の隣を歩く[君]はそのまま返してきた。
「雪と君、なにーそれ?」
ブラウンのショートヘアー、整えられた眉に長いまつ毛、凛々しくも優しそうな目、筋が通って綺麗な形をした鼻、血色が良くて口紅を付けなくてもいいんじゃないかと思う唇、僕のそれほど大きくない両手でも包み込めそうなほど小さな顔。
一週間前に別人の姿で僕と再び出会った[君]と、またこうして歩いていられることや話せることに幸せな気持ちと複雑な気持ちがあった。
「ことわざで、雪と墨、っていうのがあるんだ。意味は……そのままだね。雪の色と墨は真反対でしょ?」
「でも、なんで私?」
「雪は静かで、おとなしくて、儚い、そんな感じでしょ。一方、元気で、子供っぽいところがあって、そして揺らぎない自分を持ってる。だから、雪と君。ふと思って言ってみただけだよ」
差している傘に僅かに積もった雪を橋から川へと振り落として、再び頭上に持ってくる。その行動をとっている間、[君]はずっと目を細くして、眉間に皺を寄せて僕を見続けていた。
「な、なに?」
「ヒカリってさ、そういうところあるよね。天然なのか無神経なのか狙ってなのか分かんないけどさ、ズバッと言うところ。まったく、失礼しちゃう!」
頬を膨らませて、そっぽを向いてしまう[君]。
彼女は分かりやすく怒るのだが、僕は何に怒っているのかが分からなかった。
「……でも、[君]だって、僕をずっとヒカリって呼んでるじゃん。本当はヒカルなのに。もう三年くらい経ったんじゃない? その呼び方を始めて」
「だって漢字が『光』だったら、どっちだか分かんないわよ! それにヒカリでも別にいいよって言ったのはヒカリじゃない」
「まあ、そうなんだけどね」
今でも鮮明に覚えている。
三年前の中学三年生の時、今ごろの時季だった。
初めて話したのと、初めて名前を呼ばれたのは同時だった。
「ヒカ…リ君?」
[生前の君]にそう呼ばれて、僕は思わずフフッと笑ってしまった。
「残念。ル、だったね。でも、よく間違えられるし、別にどっちでもいいよ」
「あ、そうなのね。じゃあ、ヒカリ君って呼ぶわ」
「それで、どうしたの?」
僕は[生前の君]との接点が今までなかったため、今の今まで会話したことがなかった。
だから、僕に話しかけてきた時は不思議に思った。
クラスの中で中心的な存在で誰とでも友好的に接する[生前の君]が、クラスの中でその場の空気に流されるように過ごしてきた僕に話しかけてきたから。
「ヒカリ君って進学先、多分、私と同じだよね?」
「そうなの? 僕、J高の進学クラスに受かったよ。推薦だけど」
「やっぱり! あのね、私もクラス一緒になると思う。一般試験だからまだ先だけど、受かったら、よろしくね。ヒカリ君」
僕と[生前の君]との付き合いはそこからだった。
とは言っても最初のうちはまだ「おはよう」や「またね」ぐらいの、会話と呼べないような会話だけだった。同じ委員会やクラス委員でもなかったから、特に話すこともなかった。
でも、話すようになり始めたきっかけを作ったのは[生前の君]だった。
学校での授業が終わり、部活はとっくに引退して委員会にも所属していない僕は掃除をして下校するのがここ数カ月のデフォだった。
けれども、冷え込む三学期のある日の放課後、[生前の君]に呼び出された。それも直接言われた訳ではなく、下駄箱の僕の外靴の上に折り畳まれた手紙を乗せて、その手紙に書いてあったのだ。
上履きを脱いでいた僕は足に床の冷たさが早々と伝わってくるのを我慢しながら手紙を読む。
〈 ヒカリ君へ
この手紙を読んだら、そのまま帰
らずに教室に残っていてほしいな
私はちょっと職員室に行ってから
教室に戻るから待ってて 〉
どうやら差出人は名前を書き忘れていたようだけれども、僕をヒカリと呼び、なおかつ僕に接してくる女子はただ一人しかいなかったので、名前が書かれていなくとも分かったから問題は無かった。
でも、せっかく学校から解放されてしばしの自由時間を削られるのは少し不満があった。その上、僕は[生前の君]が職員室から教室に戻って来るまで待たなければならないのだ。
渋々、脱いだ上履きを再び履いて二階にある自分の教室に戻った。
教室には人は居なかった。僕と[生前の君]以外のクラスメイトは委員会があったり、受験勉強があるためにさっさと帰ったのだろう。でも、まだ机の上に置かれている鞄がいくつかあったから、まだ掃除中なのか、もしくは[生前の君]と同じように校内のどこかへ行っている人がいるのだろう。
用事を終えて[生前の君]が戻って来るまで立っているのも億劫だったので、僕は窓際の席に座る。時刻はまだ午後四時過ぎだが、すでに陽が傾き始めていた。真冬となると陽が傾くのが早く、冷え込む時間が長くなる。外の部活動の人にとっては辛いだろうな、と思いながら校庭のサッカー部や野球部を見ていた。
僕も去年の夏までは同じ校庭でボールを蹴っていたのに、気が付けばここに居る。
あと一ヶ月もしないうちにこの中学校を卒業することになるんだな、改めてそう思った。
それと同時に、どんな高校生活を歩むことになるのだろうかと思った。
僕の中学生活は、流されっぱなしだった。イエスかノーをはっきり言えるような性格じゃないから、どうしても我慢してしまった。その結果、空気のような存在になってしまい、部活動でもクラスでも常に目立たず、授業でペアを作るような時も僕が余ることが多々あった。だからこそ高校では変わりたい。強くこう思った。
気が付けば、時計の針は午後四時半を過ぎていた。陽が山に隠れ始めて、狭い校庭を山の影がジワジワと埋め尽くしていく。
すると[生前の君]はやっと教室へと戻って来た。
僕を見るなり、
「いやぁ、先生との話が長引いちゃって。ごめんね、ヒカリ君」
と、くしゃっとした笑顔で言った。
教室に差し込む夕日が[生前の君]を照らす。
黒髪のボブカットで、整えられた眉、濁らず澄んでいる目、ツンとした鼻、笑うと見える八重歯。[生前の君]の顔は中学生特有のあどけなさの残る印象を与える。そのくせ身長は女子の割に高く、まだ成長期の途中である僕と大差ない(もちろん、僕が僅かに勝っている)。
「それで、どうしたの?」
「うん、実はね」
そう言って[生前の君]は制服のポケットからガサゴソと何かを取り出す。握って隠して、僕には見せないようして「はいっ」と言って、僕に握った手を差し出す。
「……なに、なんですか?」
「コレ、受け取ってほしいの。だから、ヒカリ君、手を出して」
[生前の君]は笑って八重歯を見せてそう言うが、意図が読めなかった。
人を帰らせず待たせて、挙句には唐突にプレゼントと来た。
「意味が分からないよ」と言いつつも、[生前の君]が差し出す握った手の下に、受け皿のように手を差し出した。
瞬間、[生前の君]はあどけない笑顔から、ニヤッと何か裏のある笑顔に変わった。
それを見過ごした僕は、まんまとやられた。
手から落ちてきたのは、濃い茶色で、長い節足が特徴の一般的に言うGのおもちゃだった。でも、それは瞬時におもちゃと見分ける事が難しいほどのリアルなモノで、当然、虫が嫌いで、まだ[生前の君]がイタズラ好きと知らなかった僕には見分けられるはずもなった。
しばらく出していなかった腹の底からの声を上げながらGのおもちゃを床に投げつける。人って本当に嫌いなものだと無意識に速く反射してしまうと実感した。
「あはははっ! な、投げる時の必死の形相ヤバかったよ。ははは、あーお腹痛い」
「あ、あのねえ……」
「ごめんってー」
「用件ってコレ?」
「いやいや。コレはおまけ。本題はこっち」
ファイルからB5サイズほどの紙を取り出して、僕に見せつけてきた。
「ジャーン! 私もヒカリ君と同じ高校に受かりました! 今日、一般試験の合否発表だったんだよ」
そういえば今日はそうだ、と僕は言われて思い出した。
見せつけてきた紙には名前と、大々的に書かれている合格と言う文字があった。そして、クラス名すらも。私立の高校だから学業の優秀順にクラスが振り分けられるのだ。
「……なんで僕と同じクラス? 僕、平均的なクラスだから、クラスは違うはずじゃ?」
「ううん。私、そんなに勉強、得意じゃないよ」
僕のなかで、クラスの中心人物イコール頭が良いという印象があったが、どうやらそういうわけではないようだ。
「だから前に言ったじゃん。私、ヒカリ君と同じクラスになるかもって」
「そういうこと……」
「うん。またよろしくね!」
夕日に照らされて、無邪気に笑う[生前の君]。
[君]を知り始めたその日を思い出して、今の僕が感じるのは、懐かしさと初々しさ。
そして、今、僕の隣を歩く[君]を見る。
「……まだ受け入れられない?」
僕はどうやら[君」に心を見透かされていたようだ。
「言い方はアレだけど、やっぱりまだ半信半疑っていうところかな」
「それは私自身に対して? それともこの状況に対して?」
またもや凛々しい目を僕に向けてくる。
生前の姿とは全く違うのに、中身は[君」のまま。
僕が今見ているのは現実か、夢か。
「…………………どうだろうね」
溜めてやっと言えた答えが『どうだろう』という曖昧なものだった。
言った直後に僕は自己嫌悪と後悔に襲われる。
でも[君]は僕とは対照的に、
「うん。分かってる。だって私自身が、今のコレは死に際の夢なのか、それとも死んだ後の現実なのか、分かんなくて変な感じだもん。そりゃ、当人じゃないヒカリも同じかそれ以上の複雑なものでしょう」
と、しっかりとした答えを言った。
今の状況は現実なのか、夢なのか。
これが夢だったら、僕は夢の中で[君」を勝手に殺してしまった。ただ、目が覚めれば何事もなく済むだけだ。
でも現実だとしたら、[君]は二週間以上前に心疾患で死んだはずだった。
[君」の母親から『娘が今亡くなった』と涙声の連絡を受けた時、あれほど思考を一瞬で奪い去った感覚を僕は今でも覚えている。