それは琉夏(るか)が父子家庭になった日だった。
隣に住んでいた、私、藤崎春香(ふじさき はるか)は何て言葉をかけていいかわからなかった。
13歳の夏。
セミの声がよく響く暑い日だった。
ぼーっと宙を眺めている琉夏に、真剣な顔で私の母親が言った。
「いいわね、琉夏ちゃん」
両手を握りしめ、目を合わせて言う。
ー1つ、 よく動いて、よく寝ること
ー2つ、栄養のあるものをよく噛んで食べること
「これだけ覚えていれば、元気に生きていけるわ」
コクコクと琉夏はうなづく。
その時に私が付け足した約束がある。
「琉夏、3つ目よ。大人になったら私と結婚するの。さびしくないわ!」
琉夏の端整な顔が一瞬にくしゃっとなり、涙が流れた。
仕事で忙しく琉夏と関係が薄い父親がペコリと頭を下げる。
こうして、3つの約束はかわされたのだった。