ヤンキー上司との恋はお祭りの夜に

「この手は私の宝物なの。だから、絶対にそんなことしない……」


どんなことも丸ごと引き受けてくれると言った。
だから、私も同じ気持ちでいよう。


「大輔さんは優し過ぎるの。お父さんのことも心の底ではきっと愛してたと思うし、愛してたからこそ憎んだ。愛してるから許せない。
そんな感情があって当たり前だと思う。……でも、私はそんな大輔さんが好き。弱さも見せずに強がってばかりいるけど……」


ポトン…と一粒の涙が手の上に落ちた。
真っ赤な目をしてる彼の唇が小刻みに震えていた。


「私の前では強がらなくてもいいよ。私もアガッてばかりで、吃ってばかりいるから……」


全然似てないようだけど似てるね。
手の届かない王子様だと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。


「私の前では、ただの『大輔さん』でいてくれるんでしょ?」


なんとか笑って言った。
泣いてる彼をこれ以上泣かさないようにしようと思ったからなんだけど……



「ケイっ!」


抱き付かれて激しく嗚咽されてしまった。
こんなに泣き崩れるとは思いもしなくて、スゴく驚いた。


ヨシヨシ…と子供のように宥めた。
こんな風に弱さを見せてくれるなんて思いがけずに背中を擦り続けた。



「心の拠り所になって欲しい……」と、泣き終わった彼が言った。

自分のこともお願いしようと思ってたから二つ返事で引き受けた。



「うん…いいよ」


深いことは何も考えてなかった。
ただ、この人の側で自分が少しずつ変わっていけたらいいと願う。


「だったら行こう」


手を取り立ち上がる人に、何処へ?と聞いた。


「拓磨さんと母さんに会わせる」

「えっ!?」


「今頃はまだ宿泊先のホテルにいるはずだ」

「ちょ、ちょっと、待って!」


それってどういう意味!?
彼女として紹介するってこと!?


「結婚前提に付き合ってると言う。母さんはともかく、拓磨さんはその辺のケジメには煩い人なんだ」


『連れてくる女性は選べ。結婚しようと思わない女は家の中に連れ込むな』


「拓磨さんは厳しくて、その節度は守れと言った。だから俺が轟家に連れてきた女はケイ、お前が初めてだ」


キャリコを見に来いと言ったのはそういう意味も含まれてたのか。
それであの家政婦さんは、チラッと伺うような目線で私のことを見てたんだ。


改めて知って冷や汗が流れた。

こんな自分が轟家の一員になろうとしてる……。



「わ…たしで、い…いの…?」


この先、もっとステキな女性と出会えるかもしれないのに?


「ケイがいいんだ。俺のことを全部見せれる」


クソ親父のことを話したのもケイだけだと言った。
私はそんな彼の信頼をずっと大切にしていきたいだけ……。


「よ、よろしく……おお、お願い……します……」


緊張して吃った。


そんな私の肩を抱きすくめて、大輔さんは願った。


「こっちこそ頼む」


目を見合わせて微笑む。

こんなに満ち足りた幸せを感じたのは、きっと人生で初めてだろう。



本道を出て、お寺の門をくぐり抜けた。

お祭りの夜に花開いた上司との恋は、爽やかな夏風に吹かれようとしていた……。




宿泊先のホテルのラウンジで会った人達は、長年連れ添った夫婦のように仲が良かった。
大輔さんの目が二重なのは、お母さん譲りなんだと知った。



「初めまして」


軽くカールした髪の毛を揺らして挨拶された。
お母さんは人当たりが良さそうで、優しさが前面に溢れてる人だった。


「轟です。大がお世話になります」


会長は厳しそうに見えた。
社長と同じく、隙の無い人のように思えたけど……



「この子がお前の選んだ子か」


ポンポンと背中を叩く姿は父親そのものだった。
叩かれてる大輔さんも本当の息子みたいに見えた。


「お粗末な息子だけどよろしく頼むね」

「気が強いけど負けないで」


それぞれからエールを頂いて頷いた。
答えようと口を開いたけど、舌が空回りしてばかりで、結局吃った。


「ふふ…ふつ、つか者、ですが…、おお、おねが…い、いた…致し、ます……」



(えーーん!やっぱりダメーー!)


恥ずかしくて死にそうだというのはこういう状況のことだろう。
声に出してはいないけど、二人とも呆れてるに違いない。




「可愛いお嬢さんね」

「口達者な大と足して二で割れば丁度いい」


声を出して笑われたのは、そういう冗談を言った時だけだった。
口達者だと称された大輔さんは、仕様がなさそうに呟いた。


「一言余計だよ」



まるでホントの子供のように拗ねた。
大輔さんの中にある会長への信頼感が、そう思わせてるんだろうと思う。


「ケイは先週、商開部に抜擢されたんだ。兄貴得意のサプライズ異動だったもんだから怖気づいてる」


大輔さんの話を聞いて、会長はまたか…と呆れた。


「あいつは将棋の駒のように人を動かすのが好きだからな。でも、心配しなくても大丈夫だよ。あそこの部署にはただの玩具好きしかいない。ほぼ遊びながらアイデアを練り出してるから気張らなくてもいい」


気楽におやり…と言われた。
そう言えば会議と言いながらも、実際にはテストプレイしかしてなかった気がする。



「兄貴はケイにデザインをして欲しいようなことも言ってた」

「ああ、うちの玩具は野暮ったいからな」


笑いながらそう評した。
自社製品を会長自らが貶してもいいんだろうか。


「大人も子供も喜びそうなモノを作りだして下さい。これはうちのコンセプトでもあるから」


気負わないことが良いモノ作りに繋がる…と言ってくれた。

肩に力を入れてばかりいた私は、ほっ…と力を抜くことも大切なんだと知った。


二人からの昼食の誘いを断って家に送ってもらった。

私が男性に送り届けられたのは初めてだったもんだから、両親もおばあちゃんも驚いて腰が抜けるかと思ったそうだ。



「蛍のこと、お願いします」


大輔さんの手を握って、何度も何度も頭を下げるおばあちゃん。
その手をしっかり握り返して、彼は「任せて下さい」と胸を張った。



お昼は庶民的なソーメンをご馳走した。

「大好きなんだ」と言いながら食べ終わった彼を見送り、玄関先でスマホを開けば、聖から矢のようなメッセージが届いていて。



『谷口さんが副社長だと教えてくれれば良かったのに!』

『真綾に聞かされて驚いたじゃない!』

『友達でもいいからいい人紹介してよ』

『真綾と蛍ばっかシアワセにはさせないんだからね』


笑いながら読んで『ごめん』と送り返した。


『大輔さんに頼んで、とびっきりのいい男を紹介してもらうよ』…と付け足した。


自分の部屋に戻って、机の引き出しからスケッチブックを取り出す。


HBの鉛筆を片手に、グループが開発中でもある玩具のデザインを考えた。



(んーと……)


今期のクリスマス商戦に向けたデザインには、敢えて反対の季節のものを描いてみようか。




『カラン、カラン……』


空かした窓から隙間風が吹いて、透明なガラス音が部屋中に響く。

夏祭りの夜にプレゼントされた金魚鉢型の風鈴は、上司との愛の始まりを明るく物語るように鳴り響いていた。




END

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