それから、色んな人に祝福の言葉を貰ったり、普段よりちょっとだけ注目される日ではあったけど、何事もなく放課後を迎えた。
「日和ぃ……ごめんね。今日からもう仕事だなんて……」
「いいっていいって、どうせ家帰ってもそんなにやること無いんだし」
仁菜の貴重なお願いだもん。
大会も近いんだし、少しでも力になりたい。
「本当にありがとう!じゃあ行こっか」
「…うん」
最上階の更衣室で着替えると、プールサイドへと繋がる扉をくぐった。
その瞬間、懐かしい匂いに包まれた。
普段生活していて、ここまで塩素の匂いを嗅ぐことはない。
でもそれと同時に、ちょっとだけ手が震えた。
それを誤魔化すように、日向を探す。
あ、いた。
私が日向を見つけた瞬間、あちらも気づいたらしく、顔一面に、驚愕を浮かべると、
「ひ、日和!?!?」
と、幽霊でも出たように人の名前を呼んで走ってきた。
まぁ無理もない。
一時期はこの匂いも、お風呂に入ることさえままならなかった私が、プールサイドにいるのだから。
「お前、何してんだよ…!?」
「この度マネージャーになりました」
「いや、ちょ、はぁ???」
にっこり伝えると、日向はものすごい顔で頭の上に疑問符を並べた。
昼休みにでも伝えようかと思ったけど、反対されることが目に見えていたから、伝えずにおいた。
ごめんね、私のために断固拒否してくれちゃうと思ったからさ。
「日和、お前……」
「大丈夫。絶対大丈夫だから。そんな顔しないでよ」
「はぁ…わかったよ。プールには近づくなよ??」
「わかったわかった」
ごめんそれは無理。
だけど、とにかく納得してほしくて頷いた。
「あれっ、日和ちゃん!?」
ここにもいたかビックリ星人。。。
振り返ると、日向とはまた変わった意味の驚きを顔面に浮かべたタカがいた。
呆れた眼差しを向けたところで、ピーーッと笛の音がプールサイドに響いた。
「集合!!」
『はい!!!』
私の簡単な自己紹介も終わって、今日の練習メニューが言い渡されると、部員たちも散り散りに散っていった。
でもその中で、少しだけ長く私を見ている人がいた。
それは、この部の部長の岩島 翠(いわしま みどり)先輩。
あまり色落ちのない、触り心地よさそうな黒髪。
涼しげな目元。
曇りのない瞳は、澄んだ海を思わせた。
鼻筋が通っていて、高い鼻。
薄い唇。
シャープな輪郭。
そして、芸術品のような肢体。
まるで俳優やモデルのような端正な顔立ちに、さらにこの部の1位2位を争う実力者。
それでいて漂うのは、高校生とは思えない貫禄。
更に、成績もいいらしい。
様々なことからこの学校ではかなりの有名人。
そんな人が、私の方をまじまじと見ている。
最初は何か顔に付いているのかと思って、ペタペタ自分の顔を触ってみるけど特に何も異常は見つけられない。
これはもう、直接聞くしかない…?
心を決めて、近づこうとしたら行ってしまった。
なんだろう、あの意味深な視線は……
私もしばらくそこから動けずにいたけど、仁菜に呼ばれて、仕事に移った。