瞼を無理矢理上げると、ひと粒、目尻から落ちていった。
起きなければと体を起こすと、夏本番の暑さが頬を伝う。
今日も部活だ。
カーテンの隙間から、夏休みなんて知らずに動く街が見えた。
「おはよ」
あくびの混じった挨拶に、首を捻って答える。
今日はあんまりギリギリじゃないね?
「おはよ、日向」
「あ、母さんに今日のお祝いのこと言ったか?」
「私言った方がいい?」
「俺顔洗ってくるから頼む」
「はいよ」
リビングを出て洗面所に向かう背中を横目に、台所のお母さんに話しかけた。
「お母さーん」
「ん~?」
日向の分の目玉焼を焼いてるらしい。
「今日晩ご飯外で食べるから~」
「お、誰と食べてくるの?」
そんな興味津々な顔向けないでよ……
「日向と、仁菜と、部活の仲間」
「あらそう、あんまり遅くならないようにね?」
「はぁーい」
9時前に帰ってくれば大丈夫かな?
うちって厳しいのか緩いのか……や、どちらかと言えば緩い。
あれから数日が経ち、夏休みに入っていた。
日向とタカ、岩島先輩も無事にインターハイ出場を決めた。
予定していたお祝いは、結局今日まで持ち越され、インターハイ出場&遅くなったけど誕生日おめでとうに題名が変わっていた。
でも、皐月先輩のケーキはバッチリ食べ終わっている。
仁菜の言葉通り、先輩のお菓子は絶品だった。
イチゴタルト。
食レポはあまり得意じゃないけど、イチゴの酸味とクリームの甘み、そして下のクッキー生地の香ばしさと食感が絶妙だった。
そのまま伝えはしなかったけど、ケーキ好きの私としては、先輩に是非ともパティシエール目指してほしい…!!
Douce Flora(ドゥース フローラ)にはデザイン性で及ばないにしても、味は負けずとも劣らずという感じだった。
やばいやばい、なんかよだれ出てきた。
「「行ってきまーす」」
「行ってらっしゃい」
お揃いの自転車に跨ると、いつも通りの通学路を追い越していく。
「店ってどこだっけ?」
車道側を走る日向に聞かれて、そう言えば何だっけ…と私まで記憶が曖昧になる。
名前よりも先に場所が浮かんできた。
「あぁ~ほら、駅前の」
「あっ、Doux Serenade(ドゥ セレナーデ)だ!」
「そう、それ!」
「バイキング的なヤツだっけ?」
「そ、ビュッフェスタイルのフランス料理」
「あんまし洒落た店は嫌だな~」
日向は、オシャレな店が苦手。
緊張して食べられないらしい。
あくまでラーメン屋とかファミレスとか、そういう庶民派なお店が好き。
それがコイツのモテない第一要因だと思うんだな~~
お姉ちゃんはあなたの行く末がちょっとだけ心配よ。
「割とカジュアルな感じらしいよ、学生も結構いるみたい」
「んじゃあ大丈夫かも。楽しみだな」
そういうとニシっと笑った。
やっぱり日向はそのままが一番か。
「日向が結婚したらお姉ちゃん泣くかも」
「…は?」
かわいい弟がどんな花嫁を見つけてくるのか…うん、見定めるのは私よ。
その視線から逃れるように、スピードを上げた。
朝だというのに、もう既に風が生温い。
今日も暑くなりそう。