「あれ、そう言えば日和ちゃんが誕生日ってことは、日向も誕生日じゃない」
「あらそうね、日向くんは甘いもの大丈夫?」
「全然イケますよ!」
タカはやっぱり、どこに行っても同じ扱いらしい。
そうガン無視。
…なんかちょっと可哀想かも。
「……タカ、来てもいいよ」
「はっ…!日和ちゃん大好きぃ!!」
私が言った瞬間、キラッキラに輝かせた顔をバッと上げたタカは、私に飛びついてきた。
……いや、飛びつこうとした。
「保坂」
「ぎゃっ!!」
けど、直前に岩島先輩に名前を呼ばれて止まった。
タカはグギギ…と、油の足りないロボットのように先輩の方を振り返る。
「な、ななな何ですか……?」
「あんまり日和に迷惑かけるなよ」
先輩は、ふっと口角を上げて笑った。
それは今まで見たこともないほど、混じり気のない笑顔だった。
一瞬で空気が澄み切った。
凪のように、静まり返る。
『……………………』
「…っせ、先輩、名前、わ、私の……」
「ん?何言ってんだ?」
先輩は、おかしかったのか鍛えられた肩を少し揺らした。
「な、なんで、下の名前で……」
「だって近藤は2人だろ」
「そ、それはそうなんですけど………」
「何か問題でもあるのか?」
心底不思議という顔で聞かれる。
問題ってそりゃ……この上なく心臓が痛いんですよ。
徐々に、でも確実に上がっていく体温を感じながら、必死に頭を動かした。
「できれば、私のことは近藤、日向のことは下の名前で呼んでほしいな……って、ダメですか…?」
自然と潤んできた目で恐る恐る見上げる。
と、先輩はパッと顔を逸らした。
「わかった…よろしくな、近藤」
「っはい」
先輩は、先ほどと似た控えめな微笑みをもう一度見せると、颯爽とプールを後にした。
「ちょ、ちょっと日和、いいの!?」
「え!?」
先輩が去ると、凪が終わったように逆方向に風が吹く。
仁菜が詰め寄ってきた。
「だって、あの岩島先輩に下の名前で呼んでもらえるんだよ!?」
「あぁ…確かにそれはすごいことなんだけど、だからこそ日常で呼ばれたら厳しいなって……」
何だか居たたまれなくて、あはは、と苦笑を浮かべてみた。
「厳しいって?」
日向は何かを感じ取ったのか、会話に参加してくる。
「…心臓が、痛くて」
「なぁ日和、先輩のこと好きなのか?」
唐突な日向の質問に、鼓動が跳ねた。
「えっ、嘘でしょ日和ちゃんっ!?」
「タカうるさい」「お前は黙ってろ」
食いついてきたけど、仁菜と日向に立て続けに一蹴されるとタカはショボくれた。
「好きでは…ないよ。だって、まともに話したの、今日が初めてだし……」
「一目惚れってこともない?」
と、横から公香さん。
妖艶に微笑む顔に、否定も肯定もできない。
私のことなんて、もう覚えていないかも知れないけど、昔から知っていたのは本当だし。
私の過去がみんなにバレそうで怖いのだ。
でも、予想以上にかっこよく成長した先輩を見て、胸が音を立てているのは本当。
黙ってしまった私に、タカが助け舟を出してくれた。
「日和ちゃんが好きなのは俺でしょ?」
「ごめんそれだけは無い」
「即答!?」
ありがとうタカ、それを込めて微笑むと、照れくさそうにそっぽを向いた。
「よし、帰るか~~」
日向が大きく伸びをした。
公香先輩は、ふふと微笑むと
「お祝いの件は、私の方で決めておくわね。粗方決まったら連絡するわ」
「ケーキは明後日の金曜日に持ってくるから、日和ちゃん、日向くん、楽しみにしておいて」
「「はい!」」
デキる美人先輩マネ2人に、双子でハモった。