力強いバタフライ。
時間も音も、遥か遠い世界に置き去りにしてきたかのように感じない。
スローモーションのように、水が跳ねる。
先輩はみるみる他者を振りきっていく。
深く水を掻く腕、品やかな体のうねり、人魚のように揃えられた足。
指の先からつま先まで、非のつけどころの無い泳ぎだった。
それを可能にする彼の技術力、スタミナ、肺活量、筋力。
彼のすべてから目が離せない。
通常、筋肉は使い続ければだんだん乳酸が溜まっていき、思い通りには動かなくなってくる。
―――でも先輩は、違った。
最後の25m、先輩は、更にスピードを上げた。
ただただ信じられなかった。
そして、ぶっちぎりの1位。
息苦しいことに気がついて、慌てて呼吸をした。
他の選手とは、5秒近い差をつけたゴール。
「す、ごい………」
そんな簡素な言葉しか出てこなかった。
「岩島先輩の、去年の成績って?」
左の公香先輩に、まだ呆然とする頭で問いかけた。
見つめれば、彼女は少しだけ誇らしげな顔をした。
「インハイで3位よ」
「………うわ」
「日和ちゃん、うわってww」
え、そんな面白いとこでしたか公香先輩。
「強いことは知ってたんですけど、まさかそこまでとは……」
「一年の時からインハイ出てるわよ」
「常連ですか……」
「本人にとってはどうってことないのよ」
「岩島先輩は4歳からやってるらしいからね~」
すごいよね~と、仁菜が会話に参加してきた。
『実はそれ知ってる』とは言えなくて、そうなんだ、すごいと無難に返した。
ピーーッ!!