「……なにそれ」

 しばらく続いた沈黙の後で、坂井君がボソリと呟く。

「角膜提供とか、レシピエントとか、なに? 俺、意味わかんねえんだけど」

 嘘だ。直感的にそう思った。

 断言できる根拠はなにもないけれど、肌で感じる。

 坂井君の声の具合や、彼から漂ってくる気配や息遣いや、ふたりの間に漂うこの空気が、あたしにそう確信させていた。

 嘘をつかれたことによって逆にあたしは度胸がでて、俯いていた顔をグッと上げて坂井君を見上げる。

「亡くなったお兄さん、ドナー登録してたんでしょ? あたしが角膜を受け取ったの」

「だから、意味わかんねえって」

「坂井君、あたしには、もうわかってるんだよ」

「俺はわかんねえよ。俺もう行くから、そこどいてくれ」

 あくまでも否定する坂井君は、少し苛立った表情をして、あたしの肩に手を当てて扉の前から退けようとした。

 いきなりこんなことを言い出されて彼が動揺するのは当然だし、拒絶されることも予測してたけれど、こっちも必死なんだ。

 簡単に退いてあげるわけにはいかない。

「お願いだから話を聞いて」

「あのさ、仮にそうだとして、だからなに? レシピエントですって告白することに、なんの意味があんの?」

「あるよ。……あたし、夢を見るんだ。移植手術を受けた日からずっと」

「夢?」

 眉をひそめた坂井君があたしの肩から手を下ろし、怪訝そうな声を出した。

「昨日もそんなこと言ってたけど、夢ってなんのこと?」

「あたしの左目には、お兄さんの記憶が宿っているの。お兄さんが『自分の心残りを果たしてほしい』って、亡くなった日からずっとあたしに訴え続けているの」