「……え?」


目を大きく開きながらも首を傾げた葵の頬を、皐月は優しく両手で包む。

そして、柔らかな笑みを浮かべて、葵を真っ直ぐに見つめた。


「……お前が愛しくてたまらない。
父の巫女ではなく、私のものになれ」


皐月からの、突然の愛の囁きだった。

初めて貰う、ずっと憧れていた言葉はとても甘くて柔らかい。

それでいて、じんと体の奥に響いて余韻を残していく。

正直に言うと、今すぐにでも叫びたいくらいに、すごく嬉しい。

こんなにも優しくて、いつだって葵の事を考えてくれる皐月といっにいられたら、きっと幸せだ。

本当なら、答えてはならないのに。

わかっていても、一度溢れた想いはけして止まらないから。

皐月から言われて、初めて気づいた。

自分が感じていた、この想い。

それは、『好き』という感情だと。

葵は覚悟を決め、皐月を静かに下から見上げた。


「もし私が貴方を選んだら……。
貴方は、私を連れ出してくれますか?
この鳥籠の神社から……」

「お前が望むなら、どこへでも連れ出そう」


しばらく続いた沈黙の後、皐月が静かに口を開く。

よく見ると、皐月は驚きという感情が強い表情をしているようだ。

多分、葵がこんなことを言うなんて思ってなかっただろうから。

葵自身も、突然過ぎる言葉だったと自覚している。

でも、ずっと巫女であるからという重い枷が唯一、今までの葵のあり方を繋ぎ止めていた。

しかし、それは皐月の口づけにより、脆く崩れてしまった。

もう、今の葵を抑制する想いは何もない。

あるのは、皐月が愛しいという想いだけ。


「今すぐにでも、お前を連れ出してやりたい。
でも………」


皐月は、言葉を詰まらせた。

今すぐは、きっと不可能だ。

葵はまだ、繧霞の巫女だから。

繧霞と葵との間には、主従の契約がある。

その契約は、巫女が主を裏切らないように監視する、特殊な呪い。

葵の場合は、この神社から出ない事と、贄の儀をけして止めない事を契約しているはず。

この社から葵を出してしまえば、繧霞が怒りを露にするだろう。

そうなれば、繧霞の怒りにより、この地に天災が降り注ぐことになる。

それだけは、絶対に避けなければならない。


「必ず連れ出すと約束する。
だから、待っていてほしい」


力強い皐月の声に、葵は静かに頷いた。

大切な人の言葉だから。

待てと言われれば、いくらでも待つ。

未来を繋ぐ約束だから、素直に待てるのだ。