「………っ…」


泣き声が外に漏れないよう、葵は必死に噛み殺す。

歯を食い縛り、俯いて声まで殺してまで抑え込んでいるのに。

それでも、どうにかして止めようと頑張っても涙は止まってくれず、次から次へと溢れ出した。

こんなにも悔しくて惨めだと感じるのは、今までになかったのに。

次々と溢れる涙と悲しみは、けして消えない。


「皐月様……」


再び、愛しい名前を呼んだ。

何の言葉も貰えなくていい。

抱きしめてほしいと、我が儘も言わないと約束する。

ただ、傍にいて欲しいだけだ。

しかし、その思いは巫女の掟に反する。

それは、誰かに言われずとも、自分で十分わかっている。

でも、自分の気持ちには嘘をつけない。

優しく葵に触れる指、柔らかく甘みを含む声。

今は、それが欲しくて堪らない。


「皐月様……」


葵は、もう一度呟いた。

会いたい。

本当に、ただその姿をこの目に映せればきっと、満足なのに……。

それなのに今は、優しい皐月の存在がこんなにも遠い。


「お願いします、皐月様……。
そばに、いてください………」


今にも消えそうな声で囁いた時だった。

ふわりと背後から手が伸び、誰かに優しく抱きしめられた。

それと共に漂う白梅の香り。

そして、気配と霊力。

まさか……。


「何があった、葵?」

心配げな声。

間違いない、あの人のものだ。

「皐月、様…?」

名前を呼ぶと、皐月は更に強い力で葵を抱きしめる。

あぁ、やはりこの腕だ。

優しくて温かいそれを、ずっと待っていた。