「貴方に何がわかるんですか……っ!
巫女を縛る側の貴方に!!
私の苦しみや辛さが、貴方なんかにわかるはずない!!」


葵は緋月に向かって叫んでいた。

神に無礼だとわかっている。

けれども、こうも他人事のように、明け透けに無感動なように言われたくない。


「ずっとずっと、そうであれと言われと強要され、請い願われるんです!
私が逃げれば、沢山の命が失われてしまう!
それなのに、嫌と言えるわけない……っ!!」


ずっと誰にも言えず、一人で必死に耐えてきた苦しみや辛さを、『不憫』の一言で簡単に終わらせてほしくない。

そんな簡単なものじゃないのだ。

葵の瞳から溢れる大粒の涙が、頬を伝う。

それを見ていた緋月は、静かに目を細めた。


「ただ私を罵るために来たのなら、帰ってください……」

「………」


懇願する葵に、緋月は答えない。


「お願いだから、帰ってください……」


再びそう告げると、緋月がゆっくりと立ち上がった。


「わかった、今は帰ろう。
だが、またいずれここに来るぞ」


そう告げ、緋月は音をたてずに部屋を出ていく。

それを見送り、葵は漏れそうになる嗚咽を手で必死に押さえた。

こんな時、恋しくなる。

優しい、あの人の存在が。


「皐月様……会いたいです……」


涙で掠れた声で名前を呼んだ。

ただ呼ぶだけで、来てくれるはずない。

何の術なしには声を皐月に届けるのは、不可能だから。

届かない声。

それが、こんなにも悲しい事だとは思わなかった。