「気になったのだ。
忠実に神に魂を捧げる、贄の巫女姫の事がな」

「私の事を、一体どこまで知っているのですか……?」


皐月という名前により、消えていた警戒心が葵に再び戻る。

神であるならば、巫女の存在は見破れるけれども。

しかし、その巫女がどのような事をしている巫女なのかまでは、わからないはずなのに……。

かといって、あの皐月が、葵の事を無闇に話すはずがない。

だとすれば、緋月は葵を一目見て贄の巫女姫だと見破ったはず。

そんな事を出来るのは、上位の神のみ。

今目の前にいる神は、一体何者なのだ。


「怪しい神ではないから警戒するな」


静かな声で緋月が言う。

しかし、怪しくないと本人が口にすれば、更に怪しさが増してしまう。

そう感じるのは、人の性というものだ。


「……本当に、信頼してもよいのですか?」


葵は、緋月に聞く。

その葵の言葉に、緋月は静かに頷いた。


「あぁ、この神の名に誓って」


静かで迷いのない、芯のある声。

大丈夫。

ずっと、繧霞の声から機嫌を窺っていた葵だからわかる。

緋月は、きっと偽りのない神だ。


「ここに来た経緯は、私自身知らないのです」


葵はゆっくりと目を伏せ、穏やかな声で言う。

そんな葵に、緋月は目を細めた。


「知らない……?」

「はい。
ここに来る巫女は、来た日以前の記憶を社主に消されるんです」


それは、逃げないため。

辛い時、苦しい時、頼りたくなる両親から引き離すための措置。

全てのものから身を断つ巫女を、両親という存在が一番甘やかす。

それはあってはならないもの。

帰るべき場所は必要ない。

過去の記憶も必要ない。

そんな中で、一番大切なのはたった一つ。

神に常に従順であること。

それだけが必要なのだ。