「いただきます」


そう挨拶し、箸を手に持つ。

膳に乗せられているのは、白いご飯に野菜の入ったお味噌汁、青菜のおひたし。

田舎であるこの村では、皆同じこの食事だ。

贅沢など、出来るはずがない。

お味噌汁を啜りながら、チラリと皐月の羽織を見る。

―体調の変化は必ず伝えろ。

昨夜言われた言葉が耳を離れない。


「そんなに、体調が悪いとは思わないけど……」


葵は、普通に食事が出来るほど健康だ。

しかし、神である皐月が言うのだから、間違いはないはず。


「でも、どうやって伝えるのかしら……?」


不意にそう疑問が浮かんだ。

夜であるならば、皐月が来るからいい。

しかし、皐月がいない朝から夕方までの間はどうするのだろうか。


「……聞いておくべきだったわね」


白いご飯を口に運びながら、そう呟く。

皐月の事だ、何も考えなしに言うはずがない。

方法はあるのだろうが、伝える本人が知らないのでは意味がない。


「……どうしようかしら」


そう首を傾げ、葵は空になった茶碗を膳に戻す。

一人で考えを巡らせていた時、出ていった老婆が再び戻ってきた。


「食事は終えましたか?」


障子を開きながらそう聞く老婆に、葵は頷いた。


「えぇ、今食べ終わったわ」

「では、膳を片付けます」


老婆は、葵の目の前にある膳を手に持つ。

そして、再び部屋を出ていこうとする老婆を、葵は慌てて呼び止めた。


「待って、婆!」

「何でしょう?」


老婆は、部屋の入り口で振り返り、葵に向かって首を傾げた。


「今日の予定は?」


これだけは聞いてなければならない。

葵の問いに、老婆は静かに首を横に振った。


「今日の予定はありません。
どうぞお好きに過ごして下さい」


そう言って、老婆は頭を下げて部屋を出ていく。

閉められた障子に映る老婆の影が去るのを待ち、葵はやがて大きく息を吐いた。