恵留奈との親友関係は思いのほか楽しく、明け透けな言動に触れ玲奈の雰囲気も変わっていった。中学時代、転校し塞ぎ込む前に持ち合わせていた、明るい笑顔が返ってきていると自身でも分かる。
 そして当初、オスカルファンに目の敵にされていた玲奈も、努力したメイクと服装や笑顔によって、恵留奈の隣に居ても違和感のない相応しい女性となっている。学食で好物のきつねうどんを食べていると、ズカオーラ全開のお姉様が前に座る。
「遅かったね、恵留奈」
「ちょっと野暮用でね」
 恵留奈が野暮用という単語を使うときは、たいてい同性からの愛の告白を断る用事であることを理解している。
「つーか、もう玲奈が恋人って設定で周知徹底しようかと思ってんだけど」
「いやいやいや、それじゃ私に彼氏出来なくなるから。ただでさえ恵留奈ファンからの視線が痛い毎日なのに」
「だよな~、お互い彼氏欲しいな」
「だね」
「あっ!」
 恵留奈は思い出したように鞄の中を探し始める。そして、しばらくすると一枚の紙を差し出す。
「何コレ?」
「夏と言えばコレでしょ」
 チラシには心霊スポット巡りツアーと書かれてある。
(うわぁ、誰かさんの暗黒時代を思い出してしまう)
 玲奈の走馬灯には、一人で心霊スポットに行き、自作の除霊グッズで退魔しようとしていたほろ苦い記憶が流れる。
「あれ、玲奈やっぱりこういうの苦手か?」
(すいません、むしろ専門分野でした……)
「う、うん、ちょっとだけ苦手かな。でも大丈夫」
「マジ? じゃあさ、早速申し込もう。この夏は心霊スポットで、か弱い女性を演じて彼氏ゲット作戦だ! どうよこの作戦」
(前から思ってたけど、恵留奈ってわりと軽薄なんだよね……)
 苦笑いしながら自信満々に語る恵留奈を見つめていた――――


――二週間後、ツアーに集まった男性四人、女性四人の心霊スポット巡りツアーが敢行される。車二台に分かれ、隣県の著名なスポットに向かう算段となっていた。いつも一緒だとつまらないという提案で、玲奈と恵留奈は敢えて別々の車に乗車する。心霊スポットマニアの玲奈にとって、地元や近隣のスポットはもちろんのこと、全国の著名な心霊スポットは熟知しておりワクワク感はあまりない。
(でも、ここでは知らないふりをしないとダメだ。得意げに話したりしたらこれからの虹色キャンパスライフが暗黒ライフに逆戻りだし)
 車内で盛り上がる怖い話や心霊スポットについて、こと細かく講釈したいのをウズウズしながら我慢する。後部座席の隣に座っている佐藤と名乗った男子は、気があるのかチラチラ玲奈を見てくる。
(なんだろ? 私のこと気になるのかしら)
 緊張するも玲奈から話し掛けることなく、黙ったまま車は目的地に到着する。場所は山奥の廃屋で、その昔一家惨殺事件が起こったという噂のある、実にベタな設定の心霊スポットだった。
(コレ、普通に廃屋なんですケド……)
 あまりのしょぼさに玲奈は呆れ返るが、恵留奈を含め他のメンバーのほとんどは、おっかなびっくりといった感じで及び腰になっていた。しかし約一名、玲奈と同じように冷静な表情で廃屋を見つめる青年がいる。
(もう一台の車に乗ってた人かな? 名前忘れた)
 青年を見ていると視線に気付いたのか玲奈を見て話し掛けてくる。
「あの、ちょっといいかな」
「はい」
「確か八神さん? だっけ」
「はい、八神です」
「僕は楠原。八神さんも霊感あるの?」
 突然の質問に玲奈は戸惑う。
(この聞き方だと楠原君は霊感あるってこと?)
「ううん、全くないけど」
「そうなんだ。いや、廃屋見て呆れた表情してたから、霊感あるのかと推測しただけなんだけど。ここ、ただの廃屋だよね」
「うん、私、霊感ないけど、さすがにこれはただの廃屋と思う」
 顔を見合わせるとお互い噴き出す。
「どうしようか? あいつらの後着いて行く?」
「付き合ってあげないとかわいそうでしょ? せっかく怖がりに来てるのに」
「運営者の鏡みたいな発言だね。分かった心霊体験じゃなく、廃屋探検と行きましょうか」
 笑顔で承諾すると二人は並んで廃屋に向かう。廃屋は割と大きな平屋立てで、二階部分もかなり広く普通の民家とは少し違うようだ。先の六人はそれぞれ男女のペアに分かれて、廃屋の至る所でキャアキャア騒いでいる。
「青春してんな~」
 廃屋の庭先で腕組みをして達観している楠原を見て、さっきから気になることを聞いてみる。
「楠原君は霊感あるの?」
「あるよ」
「そうなんだ。だから余裕なのね」
「まあね」
「もしかして、除霊とかも出来る?」
「出来るよ。伊達に神社の息子してない」
(神社の息子、どおりで……)
「凄いね」
「いやいや」
 少し照れているようで頭をかいている。
「でも、神社の御子息が心霊スポットに進んで来るものなの?」
「進んでじゃないよ。なんかあったときのお守り、ボディガードみたいな位置付けで来てるんだ。神社の息子がいれば安心して心霊スポットに行けるって寸法」
「納得」
「あわよくば可愛い彼女もゲット」
 そう言って見つめられると玲奈も変に意識してしまう。
(物腰も落ち着いてるし、ルックスも悪くない。話も合いそうな気がするし……)
 黙ってうつむく玲奈に楠原が近寄ってくる。
(なになに?)
「八神さんの下の名前、知りたいな」
 笑顔で聞いてくる姿に身体が熱くなる。
(コレって脈ありってヤツ? なんか急に恥ずかしくなってきた)
「れ、」
 名前を言おうとした瞬間、屋内から悲鳴が聞こえる。顔を見合わせると急いで屋内に入る。一階には誰もいないようで、二階から数人が駆け降りてくる。
「何があった!?」
 楠原が佐藤に話し掛けるが、気が動転しているのか上を指差すだけでまともに話せない。楠原の後に続き二階に上がると、部屋の中央に倒れている恵留奈と、角と翼の生えた上半身裸の女性が立っている。
(これは一体?)
「恵留奈!」
 飛び出そうとする玲奈を楠原は制止する。
「ダメだ。これ以上近付くのはまずい。君には見えないかもしれないけど、彼女の足元に悪魔がいる」
(悪魔……、優とは全然違うけど、確かあんな感じの悪魔を本で読んだことがある)
「サキュバス?」
「えっ? 八神さん見えるの?」
「霊感はないけど、ある人物によると私、デビルバスターらしいよ」
「なんだそりゃ? すっげぇ~助かるわ」
 二人のやり取りを聞いていたのか、サキュバスの顔つきが変わる。
「デビルバスター、こんなところで出くわすとは……」
 恨みでもあるのか恐ろしい程の殺気を玲奈に向けてくる。
(ハンター経験0のデビルバスターなんですけど、どうしようかコレ……)
 一触即発の状況下におきながら、悟飯がピンチのときに駆け付けるピッコロさんのように、頭にターバンを巻いたルタがタイミングよく助けに来ないだろうかと、玲奈はしょうもないことを考えていた。