自身の知り得るマニアックな正式階級名を聞き、目の前のルタが本物の天使である可能性が高いと感じる。なによりこんな寒空の下、真夏の小学生ばりの軽装でも全く意に介さず涼しい顔をしている。
(現状から判断すると、天使かどうかは別にして普通の人間とは思えない)
 ルタは終始穏やかな表情で玲奈を見つめている。
(普通に口説かれてたら即OKだったかもしれないけど、いきなり処女くれはないよね。友達か、てか私って友達すらいなかった……)
 ルタにじっと見つめられ玲奈の頬は赤くなる。
「と、友達からならいいけど? なる?」
「うん、なる!」
 満面の笑顔で快諾され、玲奈も内心嬉しくなる。
(この笑顔ヤバイな~)
「とりあえず、友達になったんだから、お互いのことを知ることから始めましょうか」
「うん、僕も玲奈のこと知りたい」
「私の名前はフルネームで八神玲奈。十八歳。来月から大学生よ。ルタは何歳?」
「歳? 無いよ」
(デーモン閣下みたいに何万歳とか答えると期待してたんだけど……)
「天使だもんね。年齢の概念もないわよね。じゃあ、食欲とかもない?」
「ないね。性欲はある」
(聞いてない上に、それは予想出来てたよこのエロ天使)
「睡眠は?」
「寝なくても平気だけど、寝るときは寝るかな。天使によって個人差あると思う」
「そうなんだ。じゃあ逆にルタから私に聞きたいことある?」
「聞きたいことか~、たくさんあるけどその前にお願いがあるんだけどいいかな」
「言っとくけど処女はあげない」
「それはまだいい」
(まだってところがミソね……)
「じゃあ、お願いって?」
「悪魔退治を手伝ってもらえないかな?」
「えっ?」
「僕の任務は悪魔を退治することなんだ。でも、昨日強いヤツと戦って負けた。倒されて意識を取り戻したとき、目の前にいたのが玲奈なんだ」
(そうだ、確かパワーズは悪魔を退治する前衛部隊。なんで気付かなかったんだろ)
「手伝ってくれる?」
(手伝えるわけがない。そもそも私は悪魔崇拝者なんだから……)
「ごめんなさい、力になれそうにない。私はただの人間だし」
「力になれないなんてそんなことはないよ。玲奈からは綺麗な心流しか感じない。必ず僕の助けになる」
「心流?」
「心から流れ出るエネルギーみたいなものかな。玲奈からは温かく綺麗なエネルギーが凄く溢れだしてる。僕の傍にいてくれたら、それだけで僕は強くなれる。だから、何か特別なことを要求してるわけじゃないんだ。ただ傍にいてくれたらいい」
(私の心が綺麗? そんなの嘘。私程人間嫌いで真っ黒な心を持ったヤツはいない!)
「ルタ、私の心を読むことは出来ないんでしょ?」
「うん、読めない」
「ルタがもし私の心が読めたら綺麗だなんて言えないくらい、私の心は真っ黒でドス黒い考えが渦巻いてる。なにより人間嫌いだし」
「う~ん、そんなこと言われても綺麗なもんは綺麗だからそうとしか言いようがない。もし玲奈がそう思ってるというなら、それは玲奈の本当の心に背いた思考なんだと思う。本当は他人に優しくて心美しい人だよ」
 素で語られ玲奈は黙り込む。
(昔の私はそうだったのかもしれない、けれど今違う。本当に人間が嫌いなんだから……)
「無理だよ。私は悪魔崇拝者だし、天使嫌いだし人間嫌いだから」
 その台詞を聞いたルタは少し寂しそうな顔をする。
「ごめんねルタ……」
「わかった、無理強いはしないよ。でも、友達にはなってくれるんでしょ?」
「ええ、それは約束したから裏切らない」
「良かった。じゃあ握手しよう」
 にこやかに差し延べられた手を戸惑いながらも握る。
(ううっ、なんか照れる。ちゃんと意識して男子に触ったの何年ぶりだ)
 柔らかく温かい手を握りながらながらルタの顔を見ると、心なしか輪郭が光って見える。
(これ、光ってる?)
 びっくりして離すと光が消えたように見える。
(気のせいか……)
 玲奈の戸惑いを感じ取ったようにルタが話し掛ける。
「さっきちょっと言ったけど、昨日強い悪魔にやられて悪い影響を身体に受けているんだ。この場所から身動きできないくらいにね」
(だからまだここ居たんだ)
「ところで、僕ら天使の原動力、力の源ってなんだと思う?」
 書物や映画から得た知識を振り返り答える。
「信仰心?」
「違う」
「なんだろ、分からない?」
「愛だよ」
 ルタは恥ずかし気もなく真面目に答える。
「愛?」
「うん、どんな形の愛だって構わない。人が人を大切に思う気持ちが天使達を強くする。そして傷ついた身体を治してくれるのも愛なんだ」
(愛、私には無いモノ……)
「さっき手を握ってくれたろ? そのお陰で玲奈の心流が僕に流れてきて少し傷が回復した。さっきちょっと光って見えたのは回復しているサインだったんだよ」
「えっ、でも私には愛なんて無いよ」
「ごめん玲奈。また否定するようだけど、君がいくら天使嫌いとか愛が無いとか言っても、心流は嘘つけないんだ。現実に玲奈の愛の心流を受けて僕の傷は少し癒された。感謝してるよ」
 自分自身の信条とは全く異なる意見を言われ、玲奈はどう返答して良いのか分からない。
(嘘だ、私の心に愛があって心流として溢れ出してるとか絶対ない。私は悪魔崇拝者なのに……)
 チラっとルタを見ると終始笑顔でいる。
「ニコニコしてるけど、傷の具合、大丈夫なの?」
「立ってるのがやっとかな。歩けない」
「そんなにひどいの? パッと見分からないけど」
「心的ダメージがメインだからね」
「どうやったらすぐに治る……」
 聞こうとした瞬間、これまでのルタの発言が頭の中で整理され、一つの解答が弾き出される。
(しまった! 私の処女だ!)
「えっ、玲奈の処……」
 言い終わる前に放たれた玲奈のビンタが頬にヒットし、ルタは後ろにひっくり返る。
「絶対あげないから! さようなら!」
 顔を赤くし憤慨しながら玲奈は神社を後にする。残されたルタは、紅葉の手跡がついた頬をさすりながらもニコニコしていた。