「こんにちは、玲奈」
「こんにちは、ルタ」
気は乗らないものの、いろいろと聞きたいこともあり、玲奈は再びルタの住む神社に赴く。この神社は地元の有志によって管理されているようで、社務所もなく完全な無人神社となっていた。
お参りを済ませ、いつもの階段に座るとルタも隣に座ってくる。悪魔崇拝時には神も仏も無いと思っていた玲奈も、ルタや明やエレーナとの出会いで信仰心のようなモノが芽生え、仏閣にも敬意を払うようになっていた。初っ端から繰り出されるエロトークを華麗に暴力を交えつつかわした玲奈は、最近あった事件を話す。
「急死に一生ってヤツだね」
危機的だった状況にさしものルタも驚いている。
「悪魔も怖いけど、人間も怖いって改めて思ったよ。エレーナが居なければ、今こうやってルタと話すこともなかった」
「そうだね、エレーナには感謝だね」
「うん、それと同時に思ったんだけど、早く光集束をマスターしないといけないって実感した。もし私が光集束を完全に会得していたら、今回の事件も切り抜けることが出来たと思うし」
「光集束か、今日はそれについて聞きに来たんだよね?」
頷く様子にルタは困った顔をする。
「確かに玲奈はデビルバスターの素質があるし、天使の力を増幅させ回復させる心流も強い。けど、自分自身でその力を発揮するには、明君とやっていたような訓練を何年もするしかないと思うよ」
予想通りの回答をされ玲奈は内心落ち込む。その姿を見てルタは一つの提案を持ち掛ける。
「光集束は僕の専門分野じゃないからアドバイス出来ないけど、現役のデビルバスターなら紹介出来るよ? ダメモトで会ってみる?」
ルタにしては珍しい建設的な意見に一瞬喜ぶも、一つの懸念も生じる。
「まさか、紹介料とか取るつもりじゃないでしょうね?」
「あっ! その手があったか」
(しまった、ヤブヘビ突いた!)
「うん、もちろん紹介料は玲奈の処女です」
(絶対言う思った、このエロ天使。物語序盤の亀仙人より質が悪いわ……)
玲奈の頭の中では珍しく、自分の処女と恵留奈や自分の命を守ることの天秤判決が行われる。
(現役デビルバスターから光集束は学びたいけど、その為に処女は釣り合わないような気がする。そもそも、会ったところで確実に光集束を会得出来る保証もない。でも、恵留奈の命を守れるって考えると背に腹はかえられないし……)
少し考えた後に玲奈は決断する。
「分かった、いいよ」
「えっ、ホント?」
「条件つきだけど」
「条件って?」
「私がそのデビルバスターと会って、そこで光集束をマスター出来たらって条件。さすがに、紹介するだけではあげられない。紹介するだけのルタにとっては特にデメリットないし、悪くない条件とは思うけど?」
「その条件、喜んで呑ませて頂きます!」
ノリノリなルタを見て玲奈は内心ニヤリとする。
(そこで習得だから、習った後、他の場所でマスターしたと言えば交わせる!)
「で、デビルバスターはどこの誰?」
「何人か知ってるんだけど、東京だとあの人かな」
「あの人?」
「ちょっと変わってるけど、間違いなく強いよ」
変わってるという単語に一抹の不安を抱きながらも、玲奈は早速ルタに連れられて相手の自宅に向かう。最初は玲奈の自宅に向かっていたので訝っていたが、自宅を素通りし自分が通っていた中学校の付近まで来る。
ルタの後を着いて歩いていると一軒の家の前で止まる。目をやると、そこには資産家が住んでいるような和風の大豪邸が見て取れた。
「ここ?」
「うん」
(どんな人が住んでるんだー!)
「紹介って言ったんだから、ルタが呼んできてよ。私、怖くてベル押せないからね?」
「了解~」
簡単に引き受けると空に舞い上がり、邸宅の方に飛んで行く。木造の大きな門の前でしばらく待っているとルタが帰ってくる。
「どうだった?」
「居たよ。光集束うんぬんの話は、玲奈本人から直接聞いて判断したいって。今こっちに向かってる」
(この感じ、大人な対応を求められそうだな……)
「幾つくらいの人? 男性? 女性?」
「それは会ってのお楽しみ。じゃあ、僕の役目はここまで。絶対、絶対! 光集束マスターしてね!」
(そんなにヤリたいか、私と……)
「前向きに善処します」
それを聞くとルタは元気よく飛び去って行く。ほどなくして大きな扉が開き人物が現れる。和服を着たその女性は穏やかな表情ながらも、鋭い目つきで話し掛ける。
「お久しぶりね、玲奈さん。マクドナルドで会った以来かしら」
(橘千尋!)
最悪なデビルバスターを紹介され、玲奈は卒倒しそうになる。動揺しながら挨拶を交わすと、丁寧に邸宅へと誘われる。千尋の自室に通されると、お手伝いさんらしき女中が紅茶を持ってくる。
(人生で初めてみたよ生女中。花ダンの牧野つくしになった気分だ……)
緊張しながらレモンティーを飲んでいると、正面に座る千尋が口を開く。
「玲奈さんがデビルバスターの資質があって、私の教えを乞いたいというのは本当ですか?」
(本当はこの人にだけには借りを作りたくないけど、現状じゃ仕方ない)
「本当です。千尋さんにご迷惑が掛からない範囲で宜しいので」
「殊勝な心掛けね。それで、教える私に与えられる対価は何かしら? 見ての通り、お金には困ってないから金品ならお断りよ」
(対価!? 何も考えてなかった!)
口ごもっていると、千尋は見兼ねたように話し掛けてくる。
「明さんと一切会わない、連絡取らないという条件でしたら、お教えしても宜しいですわ。いかがかしら?」
(悪女発言来たよコレ。どれだけ明君を独占したいんだか。でも、同じ大学で既に友達になってるのに、この条件はあんまりだ。別に恋人同士って訳でもないのに)
「お言葉ですが、明君とは友達であり学友なので、そのような条件は飲めません」
「あら、それって貴女が明さんを好きってことになるんじゃなくて?」
「異性としては見てません。あくまでも友達です」
「そうかしら?マクドナルドで見てたけど、貴女の目からは明さんを慕う想いが溢れて見えたわ」
(この人鋭い……)
「それは慕いますよ。光集束の師匠ですから」
「上手く逃げるわね。じゃあ本当に明さんのこと諦められるのね? 付き合いたいとも思わないのね?」
(念を押されると少し辛いものがある)
「失礼とは思いますが、先に一つお聞きしたいです。千尋さんが許婚って言うのは本当ですか?」
「本当よ。さあ、今度はこちらの質問に答えて」
(許婚の真偽が分からない。本当なら諦めるけど、明君の態度がおかしかったし、何より開口一番に即否定してた。おそらく嘘の可能性が高い)
「千尋さんは、明君のことを愛していますか?」
予想外の返答をされる千尋は戸惑うが、冷静に答える。
「当たり前でしょ、愛してるわ」
「恋愛っていろんな形の愛がありますけど、基本は相思相愛で一方通行の恋愛って片思いですよね?」
一方通行という単語に千尋の顔色が変わる。
「貴女、何が言いたいの?」
「私、思い出したんです。一方通行の恋愛に悩んでる人のこと。その女性は男性が好きなんですけど、なぜか女性にモテて困ってるんです。この前、明君が千尋さんの顔を見たとき、その女性と同じ表情してたのを思い出しました。またか、ウザイって顔」
玲奈の台詞を聞いて千尋は顔を真っ赤にさせている。
(図星だ)
「千尋さんは明君の許婚じゃない。一方的に好意を寄せてるだけ。千尋さんの想いには、明君の幸せを願う気持ちがない」
「貴女、私に喧嘩売ってるの? 光集束の教えを乞いにきたの? どっち?」
今にも飛び掛かりそうなくらいの怒気に触れ、玲奈は気圧されそうになる。
(正直、光集束はもうどうでもよくなってきた! この勘違い女をやり込めればそれでいい!)
「恋愛は自由ですよね? 千尋さんが明君を愛するように、私が明君を愛しても問題はない。大切なのは明君の気持ちで、彼が自分自身で決めた選択を尊重し、幸せを願うのが本当なんじゃないですか? それを会わないような交換条件つけて教えてやるとか、同じ女性として最低だと思います。どんなに綺麗で魅力的な女性でも私は認めない」
(ブチ切れてテーブルひっくり返したら嘲笑ってやる!)
容赦なく言い切った感があり、内心ファイティングポーズを取って待ち構える。しかし、予想外に千尋は驚いたような顔している。
(あれ? 普通に関心されたのか、感情が反転して冷静になった、とか?)
不安になりながら見つめていると、千尋は少し照れながら話し掛けてくる。
「あの、私って女性っぽいかしら?」
(はぃ~?)
脳内で杉下右京が現れるのを確認してから、冷静に切り返す。
「女性っぽいというか、私よりずっと美人だしスタイルもいいと思いますよ。正直悔しいですけど」
(この点についてはホントそうだし)
「そ、そうかしら、私、自分自身に自信がなくて……」
「いやいやいや、千尋さんに自信がないとか言ってたら、私なんて街中歩けないレベルになっちゃいますし」
「そんなことないわ。玲奈さん、小柄で可愛いもの。明さんが気に入るのも無理ないわ……」
(オイオイ、なんだコレ? 褒め殺し合戦に急展開じゃない。どうすんのコレ。どう収拾つけていいか分から~ん!)
頭の中が混乱して何も言えずにいると、千尋の方から口を開く。
「さっき話の中で出た、女性にモテる女性の方は彼氏はいらっしゃるの?」
(恵留奈のことか)
「居ませんよ。だってそこいら辺の男性よりずっとカッコイイんですから、男性の方が寄ってきませんよ。そして、そんなオスカルの親友の私は、学内のオスカルファンから敵対視されて毎日痛い視線を感じてます」
鉄板の自虐ネタに千尋も笑顔になる。
「玲奈さん、面白いのね」
「ええ~、面白いですか? その煽りを受けて全く彼氏が出来ないことを考えると、私的には笑えないんですけどね」
おどけて語る姿に千尋はずっと笑っている――――
――三時間後、思いのほかガールズトークで盛り上がり、結局そのまま夕方を迎える。今度は恵留奈を交えて三人でお茶をするという約束を笑顔で取り付け、ニコニコしながら橘邸を後にした。帰宅後、部屋のベッドで待っていたルタの笑顔を見るまで、当初の目的を忘れていたのは言うまでもない。