あたしの名前は、北原しおり(キタハラシオリ)。

今年の春から、柴咲(シバサキ)高等学校に通っている高校1年生。


柴咲高等学校…。

通称、柴高。


柴高は、家から自転車で10分のところにある。

入学して3ヶ月もすれば、高校生活にも慣れてきて、今は割と毎日楽しく過ごしている。


でも、受験当初は柴高を志望するつもりはなかった。

あたしが行きたかったのは…。
桜の森東(サクラノモリヒガシ)高等学校。


あたしの家からだと、電車で片道2時間近くかかる。

なぜ、そんな遠い高校に行きたかったと言うと…。


それは、その高校に…あたしの好きな人がいるから。


その人の名前は、中津悠人(ナカツユウト)。

あたしより2つ上の、同じ中学の先輩。


背が高くて、だれにでも優しくて、テニスがすごくうまくて…。

だれが見ても、中津先輩はモテていた。
あたしも、そんな中津先輩を好きになってしまった1人。


あれは、中学1年生のとき。
テニス部の入部初日のことだった。

今まで経験はなかったけど、「中学生になって、なにか新しいことを始めたい」という思いから、女子硬式テニス部に入部したあたし。


テニスのルールなんて、なんとなくしか知らないし、そもそもラケットの振り方、握り方さえ知らなかった。


先輩たちに、優しく教えてもらったけど…。
「…あっ」

あたしの打ったボールは高く飛び上がると、フェンスを越えて遠くへ行ってしまった。


先輩たちは、「初めはよくあることだから」と言ってくれた。

けど、ボールを失くして申し訳ない気持ちになったあたしは、飛ばしたボールを探しに行くことにした。



30分ほど探して、ようやく校舎の植木の影に隠れていたボールを見つけた。


「早く戻らなくちゃっ…」
気持ちが焦っていたあたしは、階段を踏み外してそのまま真っ逆さまに…。


5段くらいしかなかったから、大事には至らなかった。

でもあたしの両膝は擦りむけて、自分でも目を伏せたくなるくらい血が出ていた。


「…いっ!!」

立ち上がろうにも傷が痛くて、足に力が入らない。



しばらくそこで途方に暮れていると…。


「どうかした?」

ふと、階段の上から声がした。
声に反応して見上げると、そこには黒髪短髪の男の人がいた。


「1年生?もしかして、迷った?」

階段の下で座り込むあたしに、その人は不思議そうに階段上から見下ろす。


「な…なんでもないです!大丈夫です…!!」

あたしはとっさに、両膝のケガを隠した。


その人の他に、何人もの男の人がぞろぞろといた。


こんな大勢の人たちに、両膝を擦りむいたなんて恥ずかしいところ、見られたくないっ…。