「行こうか」
「久しぶりだな。太田」

 聞きなれない低い声に顔をあげた。そこには長身で細身の男性が立っていたのだ。もともとの顔立ちは整っていたのは分かるが、目元にできたクマや鋭い顔つきがより威圧感を与えてしまっていた。

 わたしはその人を見て、首を傾げた。
 彼をどこかで見たことがある気がした。

 お父さんは彼を見て目を見張っていた。

「川本」

 その言葉にわたしの胸がどくりとなった。
 珍しい苗字というわけではない。ただ、ありふれた苗字とはいいがたかった。

「次期社長候補らしいな。俺をだしぬいて、うまくやったな。本当に」
「子供の前だ。やめてくれ。行こう」

 お父さんはわたしの手を引いた。
 その険しい顔つきは温厚なお父さんとは別物だった。
 だが、お父さんが川本と呼んだ先生がわたしたちの進路を塞いだ。

「娘か。今年高校二年だったっけな。俺の息子は大学も諦めたというのに、お前の娘は好きなところに行くんだろうな」
「それはわたしたちには関係ない」

「関係あるさ。お前が俺の人生をめちゃくちゃにしたんだ」
「あれはお前にだって原因はあるだろう。今度話を聞く。だから、今日はやめてくれ。携帯の番号はお前も知っているだろう」

 男の人はにやりと口をゆがめた。

「そうだよな。まさか自分の娘に自分が人殺しなんて聞かれたくないよな」
「言いがかりはよしてくれ」

 人殺しという言葉に背中に冷たいものが走った。
 お父さんは冷たく言い放った。だが、男の人は全く怯まなかった。