「おばあさま、おばあさま、どうしたの?そんなにまあるくなって…」
薄暗く広い畳の部屋に、1人の小さな少女の声が小さく響いた。少女の言う、〝おばあさま〟らしき人物は、合わせていた手を膝におき姿勢を正して少女に向き直った。すると、〝おばあさま〟はにっこりと笑い、小さな声で、「姫様、そんなに怖がることはありません。少しばかり、お祈りをしていただけにございます。」
と言う。少女はつられてゆるくにっこりと笑いながら、
「おいのりかぁ…」
と、寂しそうな後ろ姿を見せたのだった。


キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…

「あーあ、やっと終わったよ。」
「ホントだよねぇ。新田センセー休みで自習とかさぁ。やる気出ないよ。」
「キャハハ!アンタ、新田センセーんこと好きだもんねー!」
隣の席の、自称ヤンキー達の会話が聞こえてくる。
ヤンキー達の隣は湾夏波(せぜらきなつは)。春夏(しゅんか)中学校に通う、2年生だ。
「夏波ー!終わったね!一緒に帰ろ!」
藤ノ芽四ツ葉(ふじのめよつば)。夏波の幼馴染であり、1番の友達だ。
「四ツ葉!うん!帰ろ帰ろー!」
「お、帰るのか?じゃ、オレも一緒にいーだろ?」
夏波の頭にカバンを乗っけて来たこの男の名は湾真(せぜらきしん)。夏波の双子の弟だ。
「私は良いけど…、四ツ葉は?」
「もっ、もちろん!いーよ!」
「よっしゃ!じゃ、帰ろーぜ!」

その日の帰り道…。
「…でさぁ!アンナがさぁ!…」
「えー、そーなの?!私てっきりルミナかと思ってたー!…」
(嬉しそうにしちゃってまぁ…)
夏波は、四ツ葉の幸せそうな横顔を見て自分も心が暖かくなった。
(四ツ葉ってば、告白しないのかなぁ…)
四ツ葉はきっと真のことが好きだ。夏波はうすうす気づいていた。

…ブップー!!

「え?」
夏波の目の前には小型トラックがいた。向こうには楽しげに話している2人がいる。世界がスローモーションになったみたいだった。

ガッシャーン!!

「え…?夏波は?」
「どこ…なの…夏波…?」
2人は振り返る。トラックの下の方から血が垂れていた。
「まさか…!!」
2人は一斉にトラックのもとへ駆け込み、トラック下を覗き込んだ。その途端、2人の顔はみるみる血の気が引いていった。
「夏波ぁぁぁぁぁあああああ!!!」

夏波はすぐに病院に運ばれていった。緊急に手術が行われた。手術が終わり、夏波は四ツ葉達の前に現れた。2人は夏波のもとへ駆け寄った。
「うっ…うぐぅ…夏波ぁ…ごめん…。」
四ツ葉はその場に泣き崩れた。真は夏波の手をぎゅっと握って、一筋の涙を流した。

(…ここは…どこ…?私…は…四ツ葉達と…帰って…?)
夏波が草原で大の字になってぼんやりと空を見上げていると、1人の女性の老人が歩み寄ってきた。
「あなたは…なたもだ様ですか…?」
「え…?」
すると、老人は手を合わせて、
「あぁ…私の祈りは神に届いていたのですね。ありがたや…ありがたや…。」
と、夏波に向かって何度も礼をした。そして、夏波の手をとり
「あなた様のような方がこのような衣服ではなりません…。ささ、こちらへ…。」
夏波は何が何だか分からないような顔で、
「なたもだって…?!なんの話…?!」
と、老人に尋ねた。
「失礼いたしました…。この国は、このままでは滅びの国となってしまうのです。そこで私は神に祈りました。この国を救ってほしい、と。神からの返事はこのようなものでした。〝未知なる国からなたもだという名の者がこの国に現れるでしょう。その者はある日突然やって来ます。あひるの森の草原です。あの場所へ行く者はいないに等しいですから、そこにいた者がなたもだと言って良いでしょう。その者自身は、自分がなたもだという者だ、という事を知りません。初めは大変でしょうが、その者はきっとあなた達の国を救う者となるでしょう。〟」
夏波は、信じられないとでも言わんばかりの顔をした。
(…未知なる国…?未知…未来…?!ここは…?!)
ハッとしたように夏波はおばあさんに向き直り、
「おばあさん!今、何年?!」
と尋ねた。
「年…?年とはなんでしょう…?」
老人から返ってきた答えはとても意外なものだった。驚きつつも夏波は、
「あぁ…いや…なんでもない…です…。」
と返した。これでも精一杯返したつもりだった。
(年を知らない?!いや…この世界には年はないんだ!じゃあ…ここはどこか別の場所…?!私はもとの世界には帰れないの…?!)
夏波は頭の中がパニック状態だった。沢山の謎が頭の中でぐるぐる回っている。そんなとき、老人は不思議そうな顔をしながら、
「未知なる世界から来た方は…私の知らぬ事を沢山知っておられる。」
と、呟いた。
(……まだまだ謎は多いけど…、まずは救いたい!この国を!)
「おばあさん!この国の危機って何?!」
夏波の言葉を聞いて、老人は心が少し軽くなったようだった。
「なたもだ様…ありがとうございます。……このような所で立ち話も何ですし、屋敷の方へおいで下さい。そちらの方で全てお話しますので…。」
老人は、嬉しいような悲しいような、そんな表情をしながら屋敷への道を歩いて行った。