遠く、祭囃子の音が聴こえる。
 並んで歩くわたしたちの横を、浴衣姿の人たちが通り過ぎて行く。
 普段、静かで追いかけっこをする子どもたちくらいしか居ない神社が、この夜ばかりは渦巻く熱気と人ごみに包まれていた。
「はー…スゲェ人だな。毎年、こんななのか?」
「うん…まぁ、そかな。それよりさ、ウタビト」
 感心したように人込みに声を漏らすウタビトに返事しながら、隣を歩く彼に目をやる。
「ん?なんだ?」
「その格好…どうにかならないの?」
「んあ。変か?」
「変」
 不思議そうに首を傾げてくるのに、きっぱりと頷く。
 あれから一度別れ、待ち合わせてやって来たわたしたち。
 夕飯を食べて花模様の浴衣に着替えて来たわたしに対し、ウタビトの服装はいつもと同じブランドスーツ。
 商店街でも浮いている格好だけど、祭り会場ではさらに輪を掛けて浮いていた。
 しかも、髪が銀色な上に、なまじ美形だから問題だと思う。
 さっきからすれ違う女性(内四割は恋人連れだった)の視線を一身に集めていた。
「仕方ねぇだろ。俺、これしか服無ぇし」
「そなの!?」
「そー」
 他愛ない遣り取りを交わしつつ、人込みを縫うように2人で歩く。
 いか焼きやベビーカステラといった祭り独特の匂いが、涼しさを帯び始めた夜の風に乗って漂う。
「まず、何しよっかな。りんご飴は、絶対に外せないし、水飴も……」
「飴ばっかだな」
「いーじゃない。好きなんだから」
 笑いながら、2人で的屋を冷やかして回る。
 急ぐ必要は無い。まだ、夜は長いのだから。




 旅人は、ある日少女に訊ねられた。
「旅人さんは、どうして唄っているの?」






 水面を、仄かな光が流れて行く。
 人込みを抜けて歩いて来たわたしたちは、静かな川辺で足を止めた。
 ゆっくりと流れる川面を、火を灯された蝋燭が流れていく。
「んあ?なんだ、これ」
 流れる蝋燭を目で追いつつ、ウタビトが不思議そうに訊ねてきた。
「あ、ウタビトは知らないか。これ、毎年この祭りで行われてて。
 蝋燭の明かりを亡くなった人の魂に見立てて、川に流すんだよね」
「はー…」
 感心したような声を漏らし、視界を右から左に流れて行く蝋燭の明かりを目で追う。
 サングラスの薄い色のレンズに、流れる灯りがチラチラと映っている。
「要は精霊流しみたいなものなのよねー映画にもなった」
「うん、そう…って、え?」
 不意に聞こえてきた声に同意しかけて、振り返る。
 今のは、どう聞いてもウタビトの声じゃないし、もちろんわたしが言ったわけでもない。
「ねぇ、貴方。今、暇?」
 振り返ったわたしの目に映ったのは、ウタビトの腕に馴れ馴れしげに腕を絡める女性だった。
 明るい茶色の髪に黒地に朝顔模様の浴衣姿。彼を見上げつつ、笑顔を向ける。
「あ?あー……いや、暇ってか、連れが…」
 対するウタビトの返事はどうも歯切れが悪い。
 いつもの自信たっぷりな態度は何処へいったのか、口の中でゴニョゴニョと言葉にならない返事を繰り返す。
「連れ、居てもいいわ。ね、一緒にお祭り回りましょうよ」
 強引に腕を引き、祭り会場へと行こうとする。
 そのままズルスルと連れて行かれそうになるウタビトの反対側の腕を、わたしは反射的に掴んでいた。
「あら?」
「ウタビト、どーかしたの…って、顔色悪いよ!?」
 不思議そうな声を上げる女性を無視し、らしくない言動にウタビトの顔を覗き込んでみる。
 すると、その顔は真っ青だった。銀色の前髪が、汗で額に張り付いている。
「ど、どーかした!?」
「いや……なんか、頭が痛くてよ…」
 小声で呟きつつ、顔を覆うように当てた手の指の間から女性を見やる。
 サングラス越しに見える瞳が、微かに揺らいでいた。
「大丈夫?辛いなら、帰る?」
「あー…いや……大丈夫」
 全然大丈夫じゃなさそうな顔でヒラヒラと手を振り、わたしと反対側の腕を掴んだままの女性に目を向ける。
「……あんた、名前は?」
「あら。人に訊く時は、まず自分から名乗るものよ?」
「……………“ウタビト”」
「それが、貴方の名前?」
「……今はな」
 腕を掴んでいるわたしの存在なんか忘れたみたいに、女性と言葉を交わす。
 その声音も、いつもと何処か違った。
 切羽詰ったような響きが、やっぱりらしくない。
「そう。じゃ、そう呼ぶわ。私の名前は…
 きっと、今日別れるまでには分かるんじゃないかしら」
 クスっと笑って、ウタビトの腕を引いて歩き出す。
 それにおとなしく付いていく彼の腕を離し、わたしは諦めて二人と一緒に行くことにした。
 このまま置いて行かれたら祭りに来た意味が無いし、ウタビトの様子も気になる。
「さ、行きましょ。せっかくのお祭りだもの。楽しみまないと意味無いわ」
 そう言って振り返った彼女の笑顔が、とても頭に焼きついた。






 「恋人を探すためなんだ」
 そう答えた旅人に、少女は不思議そうに問い返す。
 「唄うのが好きだからじゃないの?」