暗い水が溢れるように、流されて、俺はふわふわとどこかを漂っていた

ー死んだのか?

手元には愛用の一眼レフがまだ握られていた。






気付けば足はついていて、ふわふわ漂っていたあの感触は嘘のようだった。
地面はしっかりと機能しているし、真っ暗で空気が水のような肌触りをしているが、息は問題なく出来ている。
全く、ここは死後の世界だろうか。どうせなら電車や汽車に出迎えてもらいたかったとふと思うと、自分はどれだけ幼稚なのかと笑ってしまった。
自分の情けなさに笑ってると目の前が一瞬光った気がした。
なんだろうとそっちに手を伸ばしてみると、もっと強い光に包まれて前が見えない程になっていった。



気がつくと目の前にピンク髪のセーラー服の少女が座って

「おおい、大丈夫ですかー?」

と揺すっていた。

「え、と...君は?」

「ああ、よかった生きてた。お兄さんダメだよ、構内は寝る場所じゃないって」

ムスッとした顔で座る彼女は高校生くらいの顔立ちで、ピンクの髪は地毛であると理解できるほど自然だった。

「...あのさ、少しいいかい」

「なにお兄さん」

「…君今何時だと思ってるの」

「え?…夜の10時だけど」

「あのね、学生がこんな時間にうろついてるんじゃないの。警察に怒られるよ」

「お兄さん古いね、何年前の話してんの」

目をぱちぱち瞬かせてとぼけ顔の少女を見かねてため息をつく

「古臭くないよ。今じゃこれが当然だって」

「お兄さんにこそ今どきの常識を問いたいくらいだよ。今夜の9時ですら学生勉強してるよ。部活動は廃止されて別学校になってるし、皆それくらいまでやけになんなきゃ大学入れないもん」

お兄さん平和ボケはダメだよーと呆れる彼女を尻目に後ろに目をやると、学ラン姿の少年や彼女と同じセーラー服の少女達が大人よりも大量に電車に並んでいた。

なぜ帰宅ラッシュが下校ラッシュにすり変わっているのだろう。
俺の頭はもう真っ白になった




「ね、ねえ…」

「なに」

「今ってさ…"西暦何年何月何日"なんだい?」

「お兄さん面白い事言うね」




少女はにんまり笑顔で

「今は"西暦2025年7月7日"に決まってるじゃない。」

と、さも当然かのように言葉を漏らした。



「とりあえずさ、君の常識を整理しよう」

「おー」

と近くのカフェのテラス席でぱちぱちと小さく手を鳴らす彼女はどうやら"鶫琴音(つぐみことね)"と言うらしい。
高校一年生で成績はまずまず、というがどうかはしらない。

「まず君の常識ね、会社員は"全員帰宅は夜"で、"毎日18時間は仕事をしていて"、"全員寮生活だ"、と」

「そーそー」

ずずずと彼女が啜るのは甘ったるいカフェオレだった。俺は苦手だが、彼女は好物らしい。

「それで?学生は"毎日10時間"、"部活動はなし"、しかも"部活動専門の学校のものは皆学校に通えない成績の子供かその競技に長けている者しか入れない"、と。」

「うん」

当然であると認めた彼女に、俺は頭を抱えるしかできなかった。
どうにも変だと思ったら、社会はこれほどまで変わってしまったのか。
彼女らの現状に不安しか感じない中、彼女はそうだと手を叩き、席を立ち上がった

「お兄さん、ここのことわかんないだったらさ、駅ビル行こうよ。楽しいよ?」

「駅ビルは健在なんだな…」

「変なこと言わないでよー」

けらけらと笑う彼女に俺はおとなしくついていくことにした。