開発課から出たものの、今はまだ勤務中だ。目的もなく社内をほっつき歩くわけにもいかずどうしたものかと悩んでいると、いつの間にか人事部の前を通り過ぎようとしていた。

 人事部と言えば、茜の父親が人事部部長として勤務している。そして茜の母親は人事部部長の元妻であり今は男子を妊娠したと会長から聞かされた。

 以前なら別れた夫婦の間に子どもが出来るなんてと、かなり落ち込んだかも知れないが今は素直にお祝いを言える。

 人事部のドアを開けるとそこには何故か人事部部長光一の元妻の美佐がいた。何故、こんな所に社員でもない美佐がいるのか俺は流石にこれには驚いた。


「久しぶりですね。お元気でしたか?」


 ありきたりなセリフだが今の俺と彼女の間で交わす会話はこんなものだろう。

 すると、彼女もそれが分かっているのか「ありがとう。ご無沙汰していますね。」と社交辞令で返した。部長の光一は美佐の体を心配しているようで椅子を運んできては座るようにと促していた。

 こんな光景が微笑ましいと思えた俺だが、もし、茜とこんな関係が築ければどれだけ嬉しいだろうかと思ってしまった。

 もし、茜が彼女の様に男子を妊娠すれば俺はきっと天にも昇るような喜びに包まれるのだろうと、そんな妄想を働かせていると自然と笑みがこぼれた。


「茜がお世話になっているそうですね。父に聞きました。それで、お見合いの話も聞きましたが。」


 茜の次は社長令嬢との見合いが待っていると、会長から聞かされたのだろう。申し訳なさそうな顔を見せる美佐だが、これだけは会長命令とは言え受けられない。


「見合いはするつもりはありません。今さら過ぎたことをとやかく言うつもりもありませんから。」

「それじゃ、茜は。茜は、」

「美佐、茜達の事に俺らが口を挟むことじゃないよ。後は彼に任せよう。」


 会長はいったい今度は何を企んでいるのか、俺は、もう会長に振り回されるつもりはない。