緒琴に促され、青年の後に着いて行く。

正門を通り、様々な花に埋め尽くされた広い庭を抜け、奥の茶室に通された。

「お…お邪魔しまぁす」

緊張気味に挨拶をし、用意された座布団に座る。

『ここで待ってろ』

そう言い残し、青年は茶室を後にした。

取り残された朔羅は、茶室の入口付近に座した緒琴に視線を向ける。

『主様は、当主様をお呼びに向かわれました。一時で戻られまする』

安心させる様に微笑み、説明する緒琴に頷き返した朔羅は、だがソワソワするばかり。

やはり他人の家とゆうのは、落ち着かないものなのだと密かに思ったのだった。

少しして、入口付近に居た緒琴は立ち上がり、襖の近くで再び座り、そっと襖を開ける。

開けられた襖の奥には、時代劇で出て来る様な水干姿の青年と先程の和装青年が立っていた。

足音を立てず入室した二人は、朔羅の向かい側へ静かに座った。

水干姿の青年は、畳に両手を着け優雅に一礼し、声を発した。

『今日はお越し頂き、誠に有り難う御座います。私は神威家当主、神威 桜華(おうか)と申します』

名乗り終え、頭を上げた桜華の長い髪がハラリと前に垂れた。

白い水干姿に腰まである長い薄紫の髪と、長い前髪で左眼を隠した浮世離れな美貌を持ち、その瞳はアメジストの様な深い紫色の桜華は話しを続ける。

『そして、隣に居るのは兄の瞬華(しゅんか)と九十九(つくも)の緒琴です』

紹介された兄の瞬華は、先程とはうって変わった様に、丁寧に一礼をする。

瞬華の身成は桜華と違い、蒼い着流しに黒羽織と良く見る男性の着物姿で、少し癖のある藍色の髪を旋毛の辺りで軽く纏め、簪を挿している。

いずれにせよ、二人の衣服はどれも高級そうな素材で作られており、所々に金や銀の刺繍が施されていた。

『失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?』

そう桜華に問われ、素直に答える。

「あっ、えっと…僕は、春宮 朔羅…です」

緊張の為か、危うく舌を噛みそうになった。

『有り難う御座います。時に、春宮君。君は"視える"のかな?君にいろいろ…憑いているのだけれど』

桜華は、朔羅を険しい表情で眺めていた。

「え?いろいろって…何ですか?」

状況が理解出来ない朔羅は、逆に問い掛ける。

『……魑魅魍魎…所謂、霊や精霊、妖怪と言った所でしょうか』

『お前、そのままだと引き込まれるぞ』

要するに、朔羅は危ない連中を引き連れて歩き、それを放置すると、とても善くない所に引き込まれるとゆう事を、サラッと言ってのける神威兄弟だ。

「じゃ…じゃぁ、二人は僕を眺めてたんじゃなくて、僕に憑いてる何かをじっと見てたって事!?」

『『うん』』

驚きのあまり、敬語が何処かへ消え去った朔羅の問いに声を揃えて頷く兄弟。

『その様子だと、気付いてなかったみたいだ。なぁ、桜華?』

『はい。でも、もう大丈夫です。春宮君が私達の元へ来たのは幸運ですよ』

物凄くドン底に落ちていた朔羅に、満面な笑みで桜華は言う。

『私達は花屋を経営して居ますが、それは副業であり、本業は悪しきモノを浄め祓う術師です。春宮君の憑きモノ、この私が祓わせて頂きましょう』

桜華の放った言葉は、とてつもなく頼もしく思えた。

正しく、地獄に伸びる一筋の蜘蛛の糸だ。

パンッと音を立て、両手を叩いた桜華は朔羅に笑いかける。

『さて、重苦しい話しはこれまでとして、お茶を立てましょうか。喉渇いたでしょう?』

言われてみれば、自分では気が付かなかったが、確かに喉が渇いていた。

『少し待ってて下さいね。今、用意しますから』

そう微笑んで茶の用意をする為、桜華は立ち上がった。

ゆっくり寛いで行って下さいと言われ、痺れかけていた脚を伸ばす。

桜華が立ってた抹茶は絶品だった。

和菓子を食べながら他愛ない雑談をしている中で、朔羅が驚いた事が二つあった。

一つは、桜華が朔羅と同い年だった事。

服装と性格から歳上だろうと思い込んでいたが、人は見た目じゃないのだと改めて思った。

もう一つは、二人は代々続く由緒正しい陰陽師の家系だった事。

そして今更だが、噂を基に花を買いに来た事を話すと意外な言葉が返ってきた。

『門前でお前を視た時、本業の方で訪ねて来たのかと思ったんだが…まさか、妹の誕生祝いの花を買いに来て居たとは思いもしなかった』

との事だ。

門前で騒ぎ、瞬華が出て来た際に用件を述べなかった自分も悪いが、早とちりした瞬華にも非がある。

とは言え、結果オーライ。

朔羅自身も気付かぬ内に、命の危機が迫って居たが、彼等に出会い命拾いをしたのだから。

ふと外を見ると、日が傾き夕暮れ時になっていた。

「ヤバイ、帰らなきゃ」

朔羅の言葉を聞いた桜華は、こんな時間まで引き留めた謝罪として家まで送ると申し出た。

『着替えて来ますので、ほんの少し待ってて下さい』

と言い残し、茶室を出た。

ものの数分で水干から、瞬華と揃いの白い着流しと羽織姿に着替えて戻って来た桜華の手には、可愛らしい花束が掲げられていた。

『妹さん、お誕生日なのでしょう?急いで見繕って来たので、お気に召すか分かりませんが…どうぞ差し上げます』

苦笑混じりに渡された花束は、文句の"も"の字もでない程の出来映えだった。

「ううん、逆に気を遣わせてしまって…お代は幾らで?」

バッグから財布を出そうと手を入れたが、桜華にやんわりと押さえられた。

『要らないよ。今回は特別、次回から頂きます』

満面の笑みでそう言い、背を向け歩き出した。