「あっ、ちょっと!」

背後で叫んでいる気がしたけど、ほとんど耳に入らない。

「右に行くんだよ!」

そんな声を背中に浴びながら、わたしは男の家をダッシュで飛び出した。


   ***


いったい、どうなってるんだ。森で倒れていたはずが、どうして見知らぬ男のベッドで、しかも服まで脱いでるの!?

思考が乱れに乱れたまま、緑に囲まれた下り坂をしばらく走っていると、2本の分かれ道にたどり着いた。

わたしは肩で息をしつつ立ち止まる。

どっちに行けばいいんだろう……。遠くに目をこらしても、どちらも同じような山道だ。


――『右に行くんだよ!』


さっきの男の言葉を思い出した。あれは、このことを言っていたんだろうか。

信用しても、いいのか……? まんまと右に行ったら男の仲間が待ち伏せしてた、なんてことにならないだろうか。

そこまで考えて、わたしはフッと自嘲的な笑いをもらした。

滑稽だな。昨夜はもう死んでしまうと覚悟したくせに、いざ生きていたら、またあれこれ心配し始めるなんて。

往生際の悪い自分に、もはや苦笑いしか出ない。

わたしは半ばヤケクソで腹をくくり、右側の道を歩き始めた。