「五條っ。 大丈夫か⁉︎」

はっと気がついた時には、修が玲二の顔を覗き込んでいた。修だけじゃない。長洲も中原さんも心配そうな顔で玲二を見つめていた。

大丈夫だよ。 そう言おうとして、玲二は自分が泣いていることに気がついた。
暖かく優しい涙が玲二の頬を濡らす。
菜々子を失った時に凍りついてしまったたくさんの感情が再び溢れ出したようだった。


「東京に、菜々子に会いに行ってくる」

玲二は笑顔でそう告げた。


◇◇◇

翌日。朝一番の新幹線に乗って、玲二は東京へやってきた。

休日とはいえ、怪しまれないようにきちんと制服を着て校内に入った。
にもかかわらず、数ヶ月いなかっただけでそこはもう玲二の知る場所ではなかった。見慣れているはずの校舎もそこを流れる空気も、玲二を余所者と認識して決して寄せ付けない。

二年振りに、クラスメートがとっくに卒業してしまった学校へと戻ってきた菜々子も同じような気持ちだったのだろうか。だとすれば、それでも笑っていた菜々子はとても強い。

玲二は所在なさを感じつつも、図書室へと急ぐ。


図書室だけは以前と変わらずに玲二を受け入れてくれた。 あのカウンターから今にも菜々子が顔を覗かせそうな気さえする。

玲二は書棚には目もくれずまっすぐにカウンターへと向かった。いつも菜々子のいたカウンターの奥へと入り、足元に視線を向ける。
玲二は知らなかったけど、カウンターの下は扉付きの棚になっていた。
玲二は片っ端から扉をあけていく。

三つ目の扉を開けたとき、臙脂色の背表紙に銀色の文字でタイトルが印刷されているその本を玲二は見つけた。

『扉の向こう側』

玲二は本を手に取り、パラパラとページをめくった。
ドキドキと心臓が大きく脈打つ。
心の中では期待と不安がせめぎ合い、逃げ出してしまいたくなる衝動を必死に抑えた。

最後のページをめくったとき、ハラリと滑り落ちるものがあった。
玲二はそれをゆっくりと拾い上げる。

淡いグリーン地に小さな四つ葉のクローバーが型押しされた封筒だった。

『五條 玲二様』と、あのちょっと男らしい文字でそう書かれていた。

玲二は震える指先で封筒を開け、中の手紙をひらく。
丁寧に丁寧に、菜々子の書いた文字を指先でなぞり、目で追いかける。

何度も何度も、繰り返しその手紙を読んだ。

全てを読み終えて最初に思ったことは、霧里町へ帰ろうということだった。

霧里町へ帰って、修に、長洲に、中原さんに伝えよう。

自分が好きになった女性(ひと)はとても強くてとても優しい人だったと自慢しよう。
玲二は彼女に生まれて初めての恋をした。好きだった、菜々子のことが大好きだった。

君の声を、聴かせて欲しい。
ずっとそう思っていたんだ。