「五條、行こうっ」
突然、修が立ち上がった。玲二の手をひいて走り出す。 長洲と中原さんも後を追うように立ち上がった。
修は迷いなく進んだ。外はもう真っ暗で、息を飲むほどに美しい星空が視界いっぱいに広がっていた。
無数に散らばる白い光の中で、一際大きく明るく輝く星があった。
その星に導かれるように、四人は走り続けた。
誰も何も話さない。ただひたすらに足を動かす。
修がどこへ向かっているのか、玲二はもう気がついていた。おそらく、長洲も中原さんも。
夜目にもはっきりとわかるぼろぼろの鳥居の前で修は立ち止まると、ポンと玲二の背中を押した。
「絶対に会えるから。そんで、五條の運命は絶対に良い方に廻る。だから、行けっ」
修のその言葉に長洲と中原さんも強く頷いた。
夜の神社なんてあまり気味のいいものじゃないけど、不思議と怖いとは思わなかった。三人が待っていてくれる安心感からだろう。
玲二はゆっくりと鳥居をくぐり、前へ進む。
視線をあげてみれば、ぽぅと闇の中に浮かび上がるものがあった。
それは青白い小さな鬼火のようだった。
ゆらゆらと儚げに揺らめいている。
まるで手品のように鬼火はふわりと形を変え、玲二の目の前に蝶を出現させた。
噂に聞いたとおりの、深い緋色の蝶。
小さく繊細でこの手に捕まえたら、パラパラと砕け散ってしまいそうだ。
蝶は優雅に舞うように飛んできて玲二の鼻先にとまった。
その瞬間に玲二の意識はどこか遠くへ飛ばされた。
暖かな風の流れる気配で玲二は意識を取り戻す。
覚えのある懐かしい、古書特有の匂い。
ーーあぁ、やっぱりここだ。
幻でもいいから戻りたい。玲二がそう望む場所はここだけだ。菜々子と過ごしたあの図書室。
菜々子は玲二の心を惹きつけて離さなかったあの笑顔で、玲二の目の前に佇んでいた。
ほんの一瞬、このままずっとこの世界に囚われていたい。 そんな風に思ってしまって、玲二は慌てて頭を振った。
待っててくれる人がいる。必ず帰らないといけない。
「‥‥菜々子」
玲二はおそるおそる、菜々子に声をかけた。幻の世界でなら‥‥玲二はそんな淡い期待を抱いていたけど、菜々子はこちらの世界でもしゃべらなかった。
代わりに、にこりと玲二に笑いかけた。
「あの時、ちゃんと話を聞けなくてごめん。 何を言おうとしたの?」
菜々子は胸に抱えた本を指差す。
それは菜々子と初めて会話するきっかけを作ってくれたあの本だった。
「うん。 その本が?」
菜々子は菜々子がいつも座っていたカウンターの下をトントンと指し示す。
そして、本を仕舞うジェスチャーをした。
「そこにあるの?」
菜々子はにっこりと笑って、大きく頷いた。
「わかった。その本を借りに図書室に行くよ」
菜々子に聞きたいことはたくさんあったはず。 話したいこともたくさんあったはず。なのに、いざ顔を見ると何も言葉は出てこない。
今更ながら、玲二は気がついた。
菜々子に本当に伝えたいことはたった一つだったんだ。
「菜々子っ」
そう呼びかけた瞬間に、目の前に白い靄がかかり菜々子の姿を隠そうとする。
ーー待って。もう少しだけ、待ってくれ。伝えたいことがあるんだ。
「菜々子っ、菜々子っ」
ふいに、あの日と同じように菜々子の唇が動いた。
「ーーありがと。玲二君」
その声は、か細くて、ぎこちなかった。
だけど、玲二の耳にはっきりと届いた。
玲二にとっては、誰よりも美しく愛おしい声だった。
玲二の想いは確かに菜々子に届いた。
伝えたかったことはただ一つ。
『君の声を聴かせて欲しい』
それだけだったんだ。
突然、修が立ち上がった。玲二の手をひいて走り出す。 長洲と中原さんも後を追うように立ち上がった。
修は迷いなく進んだ。外はもう真っ暗で、息を飲むほどに美しい星空が視界いっぱいに広がっていた。
無数に散らばる白い光の中で、一際大きく明るく輝く星があった。
その星に導かれるように、四人は走り続けた。
誰も何も話さない。ただひたすらに足を動かす。
修がどこへ向かっているのか、玲二はもう気がついていた。おそらく、長洲も中原さんも。
夜目にもはっきりとわかるぼろぼろの鳥居の前で修は立ち止まると、ポンと玲二の背中を押した。
「絶対に会えるから。そんで、五條の運命は絶対に良い方に廻る。だから、行けっ」
修のその言葉に長洲と中原さんも強く頷いた。
夜の神社なんてあまり気味のいいものじゃないけど、不思議と怖いとは思わなかった。三人が待っていてくれる安心感からだろう。
玲二はゆっくりと鳥居をくぐり、前へ進む。
視線をあげてみれば、ぽぅと闇の中に浮かび上がるものがあった。
それは青白い小さな鬼火のようだった。
ゆらゆらと儚げに揺らめいている。
まるで手品のように鬼火はふわりと形を変え、玲二の目の前に蝶を出現させた。
噂に聞いたとおりの、深い緋色の蝶。
小さく繊細でこの手に捕まえたら、パラパラと砕け散ってしまいそうだ。
蝶は優雅に舞うように飛んできて玲二の鼻先にとまった。
その瞬間に玲二の意識はどこか遠くへ飛ばされた。
暖かな風の流れる気配で玲二は意識を取り戻す。
覚えのある懐かしい、古書特有の匂い。
ーーあぁ、やっぱりここだ。
幻でもいいから戻りたい。玲二がそう望む場所はここだけだ。菜々子と過ごしたあの図書室。
菜々子は玲二の心を惹きつけて離さなかったあの笑顔で、玲二の目の前に佇んでいた。
ほんの一瞬、このままずっとこの世界に囚われていたい。 そんな風に思ってしまって、玲二は慌てて頭を振った。
待っててくれる人がいる。必ず帰らないといけない。
「‥‥菜々子」
玲二はおそるおそる、菜々子に声をかけた。幻の世界でなら‥‥玲二はそんな淡い期待を抱いていたけど、菜々子はこちらの世界でもしゃべらなかった。
代わりに、にこりと玲二に笑いかけた。
「あの時、ちゃんと話を聞けなくてごめん。 何を言おうとしたの?」
菜々子は胸に抱えた本を指差す。
それは菜々子と初めて会話するきっかけを作ってくれたあの本だった。
「うん。 その本が?」
菜々子は菜々子がいつも座っていたカウンターの下をトントンと指し示す。
そして、本を仕舞うジェスチャーをした。
「そこにあるの?」
菜々子はにっこりと笑って、大きく頷いた。
「わかった。その本を借りに図書室に行くよ」
菜々子に聞きたいことはたくさんあったはず。 話したいこともたくさんあったはず。なのに、いざ顔を見ると何も言葉は出てこない。
今更ながら、玲二は気がついた。
菜々子に本当に伝えたいことはたった一つだったんだ。
「菜々子っ」
そう呼びかけた瞬間に、目の前に白い靄がかかり菜々子の姿を隠そうとする。
ーー待って。もう少しだけ、待ってくれ。伝えたいことがあるんだ。
「菜々子っ、菜々子っ」
ふいに、あの日と同じように菜々子の唇が動いた。
「ーーありがと。玲二君」
その声は、か細くて、ぎこちなかった。
だけど、玲二の耳にはっきりと届いた。
玲二にとっては、誰よりも美しく愛おしい声だった。
玲二の想いは確かに菜々子に届いた。
伝えたかったことはただ一つ。
『君の声を聴かせて欲しい』
それだけだったんだ。