「玲二っ」

家のすぐ近くの、つばきとよく会っていたあの公園を通り過ぎるときに懐かしい甘い声に呼び止められた。

「‥‥つばき」

玲二は驚きで思わず足を止める。

「ふふ。 びっくりした?」

「うん。まさかいるとは思わなかった」

玲二は素直に頷いた。

「玲二のママにいつ出発かこっそり教えてもらったの。彼女なんだから、見送りくらいしたっていいでしょ⁉︎」

黙ったままの玲二に、つばきはぷぅと頬を膨らませた。何事もなかったかのようないつもと同じ甘えた表情。

「玲二はさ、私が玲二をスペックで適当に選んだんだって思ってるんでしょ。 顔も成績も家柄も90点以上でまぁまぁかな〜みたいなね。
だから、こんなことになったらあっさり見捨てる白状な女だと思ってる。
図星でしょ!?」

つばきはクスリと笑って、人差し指を玲二の胸に向けた。

「まぁ半分は当たりなんだけどね〜けど、そんなに割り切れるもんでもなかったな」

つばきはぽつりと呟くと、今にも泣き出しそうな瞳を玲二に向けた。玲二は初めて正面からつばきの目を見たような気がした。つばきは玲二が思っていたよりずっと、意志の強いきりりとした目をしていた。

「私ね、頭のいい人が好きなんだ。玲二に告白したのもそれが一番の理由。
けど、玲二って成績はいいけど、馬鹿だよね。
私の気持ちも、自分の気持ちもなーんもわかってないし、肝心なところでどっかズレてるしさ」

つばきの瞳からはポロポロと涙がこぼれた。それでもつばきは真っ直ぐに玲二を見つめて、しゃべり続ける。


「だけど、そんな馬鹿な玲二を私は好きだったの。玲二が思ってるよりずっとね。だから、あの子に会った時もすぐにわかったよ。玲二の心にいるのはこの子なんだなって‥‥。

なんでっ⁉︎なんで、追いかけなかったの⁉︎私のことなんてほっといて行けばよかったのに‥‥」

つばきは握りしめた拳でドンドンとで玲二の胸を叩く。つばきの涙が乾いた土にポツポツと染み込んでいく。

「‥‥こんなことになるなら、邪魔なんてしなかったのに。こんな結果を望んだわけじゃない。 ‥‥ごめんね、玲二。ごめんね、菅野さん」

ーー消えることのない後悔の念を背負ったのは玲二だけじゃなかった。 つばきもまた‥‥。
そして、それは玲二の間違えた優しさのせいだった。

心からの愛情もないのに抱いた。
その上、それよりもっとずっと深くて重い傷をつばきに負わせた。


「ごめん、つばき。ごめん‥」

こんなにも言葉が無意味で無力なことを玲二は知らなかった。
ごめんなんて、たった三音の言葉を口にしたところで何になるのだろう。

つばきはふっと細い息を漏らすと、少しだけ目尻を下げた。彼女が精一杯の無理をして笑顔を作ったことに気がついて、玲二の胸は潰れそうに痛んだ。

「まぁまぁ好きだったけど、もう忘れる。バイバイ、玲二。元気でね」

それがつばきの最後の言葉だった。