菜々子の胸ポケットから手紙が発見されたのは事実だった。
そして、便箋の一番上段には『五條 玲二様』と記載されていた。 手紙はそこで終わっていた。

これから書くところだったのか、宛名だけで終わるつもりのものだったのか。
それは菜々子にしかわからない。

だけど決して遺書と呼べるようなものではなかった。

玲二はただ噂を否定すれば良かった。
イジメはしていない。 妊娠もさせていない。それだけで良かったのに‥‥玲二は教師にも親にも口を閉ざした。

否定も肯定もしない。

教師はそれを疚しいことがあると解釈して、玲二にもっともらしい説教をした。

母親はただただ泣いていた。
「良い子だと信じていたのに‥‥」
泣きじゃくりながらそう言われて、なんて答えていいのかわからなかった。
玲二自身も自分は世間でいうところの良い子供だと信じていたから。

父親は全てを母親のせいだと主張した。
「お前がモデルなんてやり出して、チャラチャラしているからだ。俺の人生を狂わせた責任を取れ」
そんなようなことを、やたらと難しい言葉を使いながら喚き散らした。

父親が厄介払い同然に玲二を会ったこともない田舎の親戚に預けると言い出したとき、玲二は全てから解放されたような気持ちになって妙にほっとしたことを覚えている。

高校2年の3月という非常に中途半端な時期の転校が決まった。
しばらく休んでいた学校に最後に顔を出そうか迷ったけど、結局やめた。

17年も生きてきた東京という街に玲二の心を引き留めるものは何もなかった。
心を留めた唯一のものはもう永遠に失ってしまったのだ。

つばきともあの日以来、一度も会話をしていなかった。おそらく目も合わせていない。
つばきは何も悪くない。それなのに、玲二の彼女だったというだけで嫌な思いをしただろう。
謝りたい気持ちはあったけど、もうかかわらないことが一番つばきの為になるだろうと思って声はかけないことにした。


東京を出る日の朝。
父親はいなかったけど、母親は見送りをしてくれて、朝ごはん代わりに食べなさいと小さな弁当を持たせてくれた。
もともとすれ違いがちだった両親は今回の問題で完全に決裂しこの春で離婚することが決まっていた。

母親はおそらく新しい恋人がいるのだと思う。寂しげな笑顔を浮かべるその姿はさすがモデルだねと言えるほどに、綺麗になった。

「行ってきます」

まるで学校にでも行くように、それだけ言って玲二は家を出た。