玲二はその事実を橋口がくれた電話で知った。

「は!?なに言ってんだよ。俺、ついさっき会ったばっかりだよ」

タチの悪い冗談としか思えなかった。
「死」は小説や映画、フィクションの世界ではありふれた出来事だったけど、自分の生きているこの世界で起こりうるなんて考えたこともなかったから。

菜々子がもうどこにもいないなんて、とても信じられなかった。

自分は今もまだ夢の中にいるんだろうか。

橋口は沈痛な声で淡々と話し続けた。
玲二は橋口が「バーカ。冗談だよ」そう言ってくれるのを待ち続けた。
橋口がそんな非常識な冗談をいう人間じゃないことを十分知りつつも。

橋口は話しながら、涙声になっていた。
そんなに親しくなかったとしても、十代の少年の心にクラスメートの突然の死は大きな衝撃を与えたのだろう。
だけど、玲二は橋口の涙が理解できなかった。
下らない冗談を言いながら、どうして泣いたりするんだろう。
電話を切るその瞬間まで、玲二はそう思い続けた。


菜々子は自宅近くの歩道橋で足を滑らせての転落死だった。携帯で話しながら歩いてきた若いビジネスマンとぶつかりそうになり、それを避けようとしてのことだったらしい。

もし、こんな大雪が降っていなければ。
もし、菜々子の耳がきちんと聞こえていたら。
もし、玲二があの時下駄箱で菜々子を引き留めていたら。
もし、つばきの誘いを断って、菜々子を追いかけていたら。

「もしも」を考え出せばキリがない。
それでも、どうしても玲二はもし‥‥を考えてしまう。


菜々子の死から1ヶ月近くの記憶はひどく曖昧だ。学校には通っていたのだと思うけど、誰と話して、何をしたのか、なにも思い出せない。


菜々子の死は目撃者も多く、疑う余地もない不幸な事故と断定された。
にもかかわらず、菜々子の失聴と学校での孤立を理由に自殺じゃないかと勝手な憶測を巡らせる人間が数多くいた。
校内では菜々子は自殺だと、まるでそれが事実であるかのように噂されていた。

そして、年が明けて新学期が始まる頃には噂がもうひとつ追加されていた。
菜々子の胸ポケットには遺書が入っており、そこに玲二の名前が書かれていたと。

菜々子の孤立の原因は、イジメを主導していたのは玲二じゃないかと。

サッカー部の連中や橋口は玲二を庇ってくれた。 玲二は菜々子と仲が良かったと主張してくれた。もちろんそれは純粋な善意だったのだと思う。

けれど、第三者を介した途端にまるで伝言ゲームのように噂は形を変えていく。
玲二に悪意のあった人間はいなかったと思う。ただ、誰もがほんの少しの刺激を求めただけだ。

玲二が菜々子をもて遊んで捨てたとか、
妊娠していた菜々子に堕胎を強要したとか。 今度はそんな噂が校内を飛び出して、ネット上にまで広がった。
小さな小火でも乾いた風に乗れば、あっという間に大火となるように。

玲二の悪評は瞬く間に広まった。

もう無視できないレベルになったところで、教師と親に話をしなくてはいけなくなった。