「もしもし。どうしたの?」

『あっ、玲二? いま、なにしてた?』

「夕飯食べてたとこ」

『そっか~。あのね……』

つばきがこんな風に言葉を言いよどむときは大抵あんまり楽しい話じゃない。
わかってはいるけど、聞かないで切ろうとすると機嫌が悪くなってもっと面倒だ。

「うん。どうしたの?」

玲二は意識的に優しい声を出して尋ねる。

『えっとね~、玲二に会いたくなっちゃった。いま玲二の家の近くの公園にいるんだけど、出てこれない?』

玲二は思わず溜息をつきそうになるのをなんとか堪えた。
この台詞だけを聞けば可愛い彼女なのだが、つばきはとにかくワガママだった。
約束していたのに直前でキャンセル。かと思えば、こうやってこちらの都合はお構いなしに会いたい
と言ってきたりする。

『だめ?』

電話の向こうから、そんな風な甘えた声が聞こえる。

「いいよ。5分くらいでいくから待ってて」

そう言って電話を切ると、玲二は脱ぎ捨てた制服の上着をもう一度はおった。

__つばきがワガママなのはある意味では本人のせいじゃないのかもしれない。
彼女は玲二と違って、本物の由緒ある家のお嬢様だから。
甘やかされて育って、思い通りにならないことなんて何ひとつなかったのだろう。

そして、玲二がつばきのワガママを面倒だと思いつつ全て許してしまうのも、
育ちってやつかもしれない。

玲二の父は子供を自分の思った通りに育てたいと考えるタイプの人間だった。
父が強かったのか玲二が軟弱だったのかそれはわからないけど、玲二はこの歳まで
反抗期らしい反抗期を迎えることもなく父の望む通りの道を歩いてきてしまった。


人に言われた通りに行動する。玲二にとって、それは当たり前のことになってしまっていた。


そういう意味では、つばきは玲二にぴったりの似合いの彼女なのかもしれない。


つばきの待つ公園に向かいながら、玲二は苦笑した。


K大付属高校に通うこと。
生徒会役員をやること。
サッカー部に入ること。
つばきと付き合うこと。

どれひとつとして、玲二自身が考えて決めたことではなかった。
誰かに言われて、玲二が受け入れた。ただそれだけのことだった。