「どうかした?」

ふいに修がみちるの顔を覗き込んだ。
至近距離でぶつかった視線にみちるの心臓はバクバクと大きな音をたてて騒ぎ出す。身体中の熱が顔に集まってくるのを感じる。

「‥‥なんでもない」

みちるの声は今にも消えいりそうだ。
修はみちるの知らない間にぐんぐん成長している。あの日よりも更に上へ上へ。
自分も負けていられないな。ぼやっとしていたら置いていかれるのはきっとみちるの方だ。みちるは決意も新たに、しっかりと前を向いた。


その日の夜。ようやく行きたい大学を見つけたみちるは今まで以上に必死になって机にかじりついていた。修の部屋には今日も明るい光が灯っていて、みちるの背中を押してくれているような気がした。
すっかり夜も更けて10時を過ぎた頃だった。ノックもなしに部屋の扉が開いて、みちるが振り返ると母親が立っていた。

「わっ。びっくりした! なに?」

「はい」

母親はぶっきらぼうに言うと、みちるにお湯の注がれたカップ麺を押しつけた。
みちるは困惑の表情でそれを受け取る。

「えっと‥‥なに、これ?」

「見てわかんない?夜食よ、夜食」

「こんな時間にカップ麺??太るし、肌荒れしちゃいそう‥‥」

「私はどんなに不規則な生活したってお肌は綺麗だしスタイルもキープしてるわ。だから、あんたも平気よ」

「そんなめちゃくちゃな‥‥」

母親らしい傍若無人な言い分にみちるは思わず笑ってしまった。
夜食の差し入れなんて、らしくなく母親らしいことを思いついたかと思えば、よりによってカップ麺とは‥‥。
それにしても、一体なにがあったのか。

「どういう風の吹き回し?」

みちるが聞くと、母親はバツが悪そうに顔を背けた。

「言われたのよ。ほらっ、隣の家の地味顔のあんたと仲のいい‥‥」

「修⁉︎」

「そうそう、そんな名前のクソガキ。
アイツがさ、『寂しいからって拗ねてないで、きちんと応援してやれ』なんてくだらないこと言うからさ‥‥言っとくけど、私は寂しいなんて思ってないから。邪魔なコブがいなくなってせいせいするわよ」

照れ隠しのつもりなんだろうか。妙に早口で言い終えると、母親はドタドタと大きな足音をたてて去っていった。

みちるは押しつけられたカップ麺を一口すすってみて、べっと舌を出した。
明らかにお湯が足りてなくて、塩辛い。

「まずっ。カップ麺ですら美味しく作れないってどういうことよ‥‥」

修に渡すお弁当のことを、母親に相談してみようかなんてちらっとでも考えた自分が馬鹿だった。

う〜。絶対に身体に悪いよ、これ。

みちるは心の中で文句を言いながらも、塩辛いスープを最後の一滴まで飲み干した。