「うん、それは知ってる」

みちるも真顔で頷いた。

「ショックじゃないの?修に嫌われたかもって、さっきあんなに泣いてたのに?」

みちるは少し考えてみた。たしかにそうだ。修に嫌われることはあんなに怖かったのに、五條君になんとも思ってないと言われたことには何のショックも受けていない。

「うん、あんまりショックじゃない。なんでかな?」

みちるの率直な問いに五條君は苦笑しながらも答えてくれた。

「好きじゃなくて憧れに近い感情かもね。で、俺というよりは外の人間に対しての気持ちだと思う」

「そんな全否定しなくても‥‥」

みちるはしょんぼりとした。
恋に恋していると言われればその通りだけど、みちるは五條君に恋をしていると思うだけでワクワクして楽しかったのに。

「でも感情が剥き出しになるのが恋じゃないのかな?少なくとも俺はそう思うよ」

「そうなのかなぁ〜」

恋愛が大の苦手分野のみちるには難問だったけれど、五條君の言いたいことは少しだけわかる。

「まぁ、よく考えてみなよ」

五條君はクスクスと笑いながら立ち上がった。西の低い空に浮かぶほんのり赤く色づきはじめた太陽が五條君の端正な横顔を照らす。

よく考えたらわかるだろうか?さっきの涙の意味が。

五條君はみちるに横顔を向けたまま話を続ける。

「俺は中原さんが羨ましいな。どこへ行っても帰る場所があるんだもん。
俺は‥‥もう帰るべきところがわからないから」

五條君の足元にぽっかりと暗い穴が見えた気がした。きっと五條君はどこへも行けないんだ。どこかへ行くことも帰ることもできない。
ぎゅっと胸が締め付けられるように、痛い。 五條君の痛みが伝染するみたいに。


五條君のその言葉でみちるはようやく気がついた。
どこかへ行きたい。そんな気持ちは帰る場所があるから抱けるものなんだ。
自分にはいつだって帰るべき場所があった。迎えてくれる暖かい笑顔があった。

私の帰るべき場所はーー。


「五條君、ありがとう。私、裏道の蝶に出会えたのかもしれない」

みちるは独り言のように小さく呟いた。
聞こえていなくても構わない、そう思った。

「ねぇ、ひとつだけ聞いてもいい?東京の学校でイジメをしてたって本当?」

今度は聞こえるようにしっかりと声に出した。五條君はゆっくりとみちるを見た。怒ってもいないし動揺も見られない。
淡々と答えた。

「自殺した子が持っていた手紙に俺の名前が書いてあったのは事実だよ」

みちるは五條君から目を逸らさずに続けた。

「そうなんだ‥‥私はね、知らなくていいと思ってる。この町での五條君だけ知っていればそれでいい。
だけど、いつか修には話してあげてくれないかな?
修ね、五條君の話をするときすごく楽しそうなんだ。五條君のこと、心配してると思うから」


「わかった、約束する」

その言葉に安堵して、みちるは五條君に別れを告げて神社を出た。