ぼんやりしていたみちるは佳子先生の声ではっと我に返った。

「みちるちゃん。いい加減、修を起こしてきてくれる? これ、お昼ごはん。二人で食べなさい」

佳子先生は台所から美味しそうなサンドイッチを出してきてくれた。
みちるのお腹の虫がぐぅと小さく鳴いた。朝が早かったから、お腹がペコペコだった。

みちるは修の部屋をためらいがちにノックする。 考えてみたら、修の部屋を訪れるのはすごく久しぶりだ。

電気のこと、聞いてみようか。
一緒に東京の大学を目指そうと誘ってみようか。

修の部屋の扉を開ける時は、まさかあんな喧嘩になるなんてみちるは思ってもいなかった。

◇◇◇

みちるは泣きながら神社を目指して歩いた。他に行く場所なんてない。

子供の頃は喧嘩なんてしょっちゅうだった。だけど、こんなふうに修に否定されたのは初めてのことだ。

本当は自分だって気がついていた。
あの家の、この町のせいにして何も変えようとしなかった弱い自分。
現実から逃げることばかり考えて、母親や友達と向き合う勇気が持てなかった。

全部、修の言う通りだ。

悔しくて、寂しくて、涙が止まらなかった。

裏道の緩やかな坂を登っていると、中腹あたりでみちるは誰かに呼びとめられた。
涙を拭くことも忘れて振り返ると、驚きで大きく開かれた黒い瞳がこちらを見ていた。

「ーー五條君」

「やっぱり中原さんだ。 どうしたの⁉︎
なにかあった?」

穏やかで優しい声にみちるの涙腺はますます緩んだ。子供みたいにポロポロと涙をこぼす。

「ーーっ。修に、嫌われちゃったかもしれない」

思わず飛び出した言葉はみちるの嘘偽りのない本音だった。
修に嫌われるのだけは嫌だ、怖い。
修の存在だけがみちるをこの町に繋ぎとめてくれていたのに……。

五條君は小さな子供にするように、ポンポンと優しくみちるの背中を叩いた。
みちるが泣き止むまでずっと黙って待っていてくれた。



五條君はみちるをいつもの特等席に座らせると、自販機で温かいミルクティーを
買ってきてくれた。泣いてカラカラになった喉が潤されて、優しい甘さに気持ちが落ち着いた。
五條君はみちるが落ち着いたのを確認してから、ゆっくりと話しだした。

「俺は修の気持ちも少しわかるよ。修はただただ寂しいんだと思う。
中原さんがこの町を出たいって思う気持ちはさ……嫌な見方をすれば、修と中原さんのこれまでの思い出を否定してしまうようなものじゃない?」


「そんなことないっ!たしかに、この町がずっと苦手だったけど……修との思い出は大事だよ。修のことはすごく大事っ」

みちるは五條君に向かって、怒鳴りつけるような勢いで主張した。
五條君はなぜだか嬉しそうに笑った。

「ははっ、それ修に直接言ってあげなよ。それで仲直りできるから」

「でも、なんかそれ、私が修のことを好きみたいじゃない!?」

みちるが怪訝な顔でつぶやくと、五條君はきょとんとして目を瞬かせた。
そして、クスリと笑って言った。

「違うの?」

「好きだけど……意味が違うっていうか。私は五條君のことが好きなんだと思ってるけど」

唐突なみちるの告白にも五條君は顔色ひとつ変えず、真顔で答えた。

「俺は中原さんのこと、女の子としては別に好きじゃないよ」