家についた私は、さっきもらった名刺をまた見ていた。
家事はやりきったし、お風呂も入った。
でもまだ眠くない。
私は名刺に書いてあるメールアドレスを入力してみる。
『さっき声を掛けてもらった者です。
お話詳しく聞きたいのでメールしました。』
私は電話は好きじゃなかったし、緊張する。
何より、親しい友人ですらアドレス帳に登録していなかった私は、
出会って間もないばかりの人に電話番号がバレるのが嫌だった。
メールはすぐに返ってきた。
『まさかお返事返ってくるとは思いませんでした!
メールありがとう!
詳しくお話したいので、TELしてもいいですか?』
久しく異性と話していなかった私がメールの着信音に高まったのは一瞬で、
電話という単語に一気にがっかりしていた。
だって、メールの方がまとめて要点を伝えられるし、
メッセージとして残るから何回も見返せるのに、何故電話にしたがるのか。
そもそもやっぱり私は電話番号を知られたくない。
『すみません、電話は苦手です』
『では、いつでも良いので時間あるときに連絡ください。
お迎えに参りますので、お話させてください』
やはり彼からはすぐに連絡が返ってきた。
暇なのだろうか。
私には仕事がある。お仕事を始めてまだ2週間。
高校を卒業して間もないが、バイト経験は長かった。
それでも、新しい業種は覚えることがたくさんで、初めてのひとり暮らし。
県外に出たため、環境も全く違うし、土地勘もないために、外出でさえひと苦労。
寝るときだけが幸せな私には、時間なんてあるわけもない。
お仕事はお昼からだったけれど、夜の21時まである。
早起きするなんてまっぴらだし、家事もあるし、仕事で疲れた帰りに会うのも面倒臭かった。
「……うーん」
『それでは、時間ができたらまた連絡します』
私はそれだけ送って、すぐに寝た。
県外に出てきた私にとって、ひとり暮らし、新しい環境は、それだけで非現実世界で、
仕事は忙しいしストレスもたまるけれど、いつもの私じゃない私でいられる。
私の現実は地元だけだったから、ここは夢の世界。
そんな気持ちでいた。
何日か経った。仕事もそこそこうまくいき、褒められることも増えた。
仕事は嫌いじゃないし、やらなければならないことは必死に詰め込む性格。
要領良く、反省点を活かし、私は1ヶ月もしないうちに営業率1番を取得していた。
仕事は楽しい。だけど、それが現実になってしまうことが、私には耐えられなくなってきていた。
『現実』と『非現実』。
どちらもあって、私は楽しみを見いだせるのだ。
でも、わかっていた。
どうしたら『非現実』を手にできるのか。
私は、仕事の休憩中、メールを打った。
『今日の仕事が終わり次第時間が取れそうなので、お話聞いてもいいですか?』
返事はやはりすぐに返ってきた。
『はい、大丈夫ですよ!
前の場所に着いたらまたご連絡ください』
その日の、その後の仕事に身が入っていなかったことは、
誰がどう見ても明らかだったと思う。
『非現実』を手に出来ることに、私は内心のわくわくを抑えきれずにいたから。