「しっかし、流石の連携だったよね。阿吽の呼吸ってヤツ?」
「……でしたね。マチルダ様のお考えが手に取るように分かりました。」
黒呪島の入り江に戻り、オルガさんに紅茶を入れてもらいながら、一息。黒い影をぶっ倒したのに、姉さん、何処と無く吹っ切れてない感じかなぁ。カップに唇を寄せる横顔は相変わらず綺麗だけど、悲愴感は隠しきれてない。
「一つ、聞いていい?」
「……何でしょうか?」
「前にここに来たときは、絶対に戦わなかったよね、アイツと。それがどうして?」
「……。
……遥か昔になりますが。」
前置きする姉さんは、視線をカップに落としたままだ。
「私がまだマチルダ様にお仕えする前、別の覚者様にお仕えしていたときのことです。」
フウッと長い息を付く横顔も綺麗だけど。
「彼に付き従い、この島を訪れたことがあるのです。」
一言一言丁寧に紡がれる言葉を、私も噛み締めるようにただただ聞き入る。
「マスターは肺を病んでおられました。故郷を滅ぼした赤き竜を討たんとする志の下、旅を続けるのですら困難な身体に鞭打ち進み続ける姿は未だ忘れ難く……。
竜と覚者の秘密を探るうちに訪れたこの島でオルガ様と出会い、その想いを叶えようと、島の奥へと足を踏み入れられました。けれど、狂悪な魔物どもと対峙し続けることが、マスターのお生命を削っているのは誰の目にも明白でありました。
……今の私なら、マスターに自重を促していたかも知れません。けれど、あの頃の私にできたのは、マスターの前に立ち塞がる困難を総て斬り払おうとすることだけ。
そんな時に現れたのが死を呼ぶ黒い影、『デス』でした。私たちはマスターを助け、必死に戦いましたが、力足りず……。マスターは最後に、我々戦徒を異界の狭間へ帰し、『デス』にただ一人で立ち向かわれました。
……その後のことは見ておりませんが、マスターがどうなったのかは私には分かりました。」
そう言って、左の掌のポーンの証しを優しく撫でる姉さんは俯き加減で、前髪のせいでその表情は見えなかった。
「そっか……。」
そうか、そんなことがあったんだ。他のポーンさんみたく、私のことをマスターと呼ばないのは、そのことも関係するんだよね。掛ける言葉が見つからない。
「仇を討ちたかった、というのは烏滸がましいことです。
ただ、己の無力さに打ちひしがれたあのとき、マチルダ様のお姿と、彼の日のマスターの眼差しとが交錯致しました。そして、私の胸に再び絶望が黒く渦巻き、鎌首をもたげ、マチルダ様から戴いたこの胸に宿るものを焼き尽くさんとしました。
……私は心をもう失いたくない。どれだけの絶望と虚無に苛まれても、私を暗く縛り付ける蕀からこの身を、この心を解き放ちたいと胸の内より込み上げる思いがありました。そのためには、マスターを奪った黒き影を果たすしかないと。……もし、私の思いが彼の者に届かず、朽ちるならば、それもよいと……。」
「プッ、ね、姉さんッ!」
口に含んだ紅茶を思わず吹き出しそうになる。
「いえ、今はそうは思っておりません。」
いつもの優しい笑顔で振り向いたその瞳がきらきら輝いていたのは、囲んだ焚き火を反射しているせいだけじゃないよね。
「マチルダ様と出会った頃は、まさか『デス』に共に挑むことになるとは思ってもみませんでした。
絶対に負けられない。主をお守りするだけでなく、私自身も生きねばならぬと、使命としてではなく、初めて心より思い、戦いました。」
「そっか。よかった。」
もう大丈夫だよね。なんか安心しちゃったぞ。
「そう言えば、姉さん、『私たち』って言ってたけど、前の覚者さんとの旅では、他にどんなポーンさんと一緒だったの?」
安堵の気持ちが、私に一つ、余分な質問をさせたね。
「貴女もご存じのお二方です。マッセーラ様と……ジーク…フリート様です。」
「えっ!?」
何だ、今の間?名前もなんか言い澱んだ感じだったぞ?……なんだかモヤッとした感じが胸に残る。姉さんとジークさんって、どんな関係なんだ?いや、そんなこと、どうでもいいはずなのに。ジークさんはきっと誰にでもあんな甘い言葉を掛けている。私だけが特別って訳じゃないのに。
「……マチルダ様、やはりジーク、のことを?」
突然の姉さん。どぎまぎしてしまう。まぁ、私はポーカーフェイスは苦手だし。
「正直、分からないんだ。これまで誰かを好きになるって感覚がなかったし。」
「そう……でしたね。」
姉さんの顔が曇ったのは、私が好きな人のために一生懸命になれる普通の女の子じゃないのを知っているから。
「姉さんと会ってからも戦ってばかりで、男なんてゴブリンとかオーガとかしか出会えてなかったしね。」
笑いに変える。これが、私。二人で顔を見合わせて笑った。一段落したところで、姉さんが少し困った顔で口を開く。
「もしや、とは思いますが、マチルダ様は私とジークの関係を訝しんでいらっしゃいますか?」
「……うん。」
姉さんには嘘は付けない。付く気もないし。
「御存知かと思いますが、我々ポーンは戦徒。そして、感情が稀薄な故に、人のような愛情をもつことはありません。今のように人の心を得てからなら分かりませんが。」
あぁ、何組か仲睦まじい覚者とポーンの二人が脳裏を過った。
「でも、ジークさんって、ああいう人じゃん。」
「まぁ、そうですが。
思うに、彼は心を早くからもっていたのでしょう。ただ、ジークは、ポーンであっても私たちと異なる存在のように思えます。彼は人間を模した者ではないのではないでしょうか。それから、女性に対し、無理強いするようなことはありません。」
「……姉さん、私の質問に答えてないけど?」
「……一緒に旅をしたことがきっかけで、親しくしていたのは確かです。私は他の覚者様や戦徒の方々とあまり懇意にしてはおりませんでしたので、彼と二人での行動はしばしばあったかと思います。」
「ふーん。」
目を細めて姉さんを見る。まったく、平静を装ってるね。
「それで、今はジークさんのことをどう思っているのさ?」
さてさて、反撃。
「……。」
黙りを決め込むなんて、姉さんらしくないなぁ。よしよし、チャンスだ。
「姉さーん?(にやにや)」
「……私こそ心を得たのがマチルダ様と出会ってからですから、そういったことはマチルダ様以上に分かりかねるのです。ですよね?」
「うぐッ、それは……。」
やっぱり負けた……。
「……でしたね。マチルダ様のお考えが手に取るように分かりました。」
黒呪島の入り江に戻り、オルガさんに紅茶を入れてもらいながら、一息。黒い影をぶっ倒したのに、姉さん、何処と無く吹っ切れてない感じかなぁ。カップに唇を寄せる横顔は相変わらず綺麗だけど、悲愴感は隠しきれてない。
「一つ、聞いていい?」
「……何でしょうか?」
「前にここに来たときは、絶対に戦わなかったよね、アイツと。それがどうして?」
「……。
……遥か昔になりますが。」
前置きする姉さんは、視線をカップに落としたままだ。
「私がまだマチルダ様にお仕えする前、別の覚者様にお仕えしていたときのことです。」
フウッと長い息を付く横顔も綺麗だけど。
「彼に付き従い、この島を訪れたことがあるのです。」
一言一言丁寧に紡がれる言葉を、私も噛み締めるようにただただ聞き入る。
「マスターは肺を病んでおられました。故郷を滅ぼした赤き竜を討たんとする志の下、旅を続けるのですら困難な身体に鞭打ち進み続ける姿は未だ忘れ難く……。
竜と覚者の秘密を探るうちに訪れたこの島でオルガ様と出会い、その想いを叶えようと、島の奥へと足を踏み入れられました。けれど、狂悪な魔物どもと対峙し続けることが、マスターのお生命を削っているのは誰の目にも明白でありました。
……今の私なら、マスターに自重を促していたかも知れません。けれど、あの頃の私にできたのは、マスターの前に立ち塞がる困難を総て斬り払おうとすることだけ。
そんな時に現れたのが死を呼ぶ黒い影、『デス』でした。私たちはマスターを助け、必死に戦いましたが、力足りず……。マスターは最後に、我々戦徒を異界の狭間へ帰し、『デス』にただ一人で立ち向かわれました。
……その後のことは見ておりませんが、マスターがどうなったのかは私には分かりました。」
そう言って、左の掌のポーンの証しを優しく撫でる姉さんは俯き加減で、前髪のせいでその表情は見えなかった。
「そっか……。」
そうか、そんなことがあったんだ。他のポーンさんみたく、私のことをマスターと呼ばないのは、そのことも関係するんだよね。掛ける言葉が見つからない。
「仇を討ちたかった、というのは烏滸がましいことです。
ただ、己の無力さに打ちひしがれたあのとき、マチルダ様のお姿と、彼の日のマスターの眼差しとが交錯致しました。そして、私の胸に再び絶望が黒く渦巻き、鎌首をもたげ、マチルダ様から戴いたこの胸に宿るものを焼き尽くさんとしました。
……私は心をもう失いたくない。どれだけの絶望と虚無に苛まれても、私を暗く縛り付ける蕀からこの身を、この心を解き放ちたいと胸の内より込み上げる思いがありました。そのためには、マスターを奪った黒き影を果たすしかないと。……もし、私の思いが彼の者に届かず、朽ちるならば、それもよいと……。」
「プッ、ね、姉さんッ!」
口に含んだ紅茶を思わず吹き出しそうになる。
「いえ、今はそうは思っておりません。」
いつもの優しい笑顔で振り向いたその瞳がきらきら輝いていたのは、囲んだ焚き火を反射しているせいだけじゃないよね。
「マチルダ様と出会った頃は、まさか『デス』に共に挑むことになるとは思ってもみませんでした。
絶対に負けられない。主をお守りするだけでなく、私自身も生きねばならぬと、使命としてではなく、初めて心より思い、戦いました。」
「そっか。よかった。」
もう大丈夫だよね。なんか安心しちゃったぞ。
「そう言えば、姉さん、『私たち』って言ってたけど、前の覚者さんとの旅では、他にどんなポーンさんと一緒だったの?」
安堵の気持ちが、私に一つ、余分な質問をさせたね。
「貴女もご存じのお二方です。マッセーラ様と……ジーク…フリート様です。」
「えっ!?」
何だ、今の間?名前もなんか言い澱んだ感じだったぞ?……なんだかモヤッとした感じが胸に残る。姉さんとジークさんって、どんな関係なんだ?いや、そんなこと、どうでもいいはずなのに。ジークさんはきっと誰にでもあんな甘い言葉を掛けている。私だけが特別って訳じゃないのに。
「……マチルダ様、やはりジーク、のことを?」
突然の姉さん。どぎまぎしてしまう。まぁ、私はポーカーフェイスは苦手だし。
「正直、分からないんだ。これまで誰かを好きになるって感覚がなかったし。」
「そう……でしたね。」
姉さんの顔が曇ったのは、私が好きな人のために一生懸命になれる普通の女の子じゃないのを知っているから。
「姉さんと会ってからも戦ってばかりで、男なんてゴブリンとかオーガとかしか出会えてなかったしね。」
笑いに変える。これが、私。二人で顔を見合わせて笑った。一段落したところで、姉さんが少し困った顔で口を開く。
「もしや、とは思いますが、マチルダ様は私とジークの関係を訝しんでいらっしゃいますか?」
「……うん。」
姉さんには嘘は付けない。付く気もないし。
「御存知かと思いますが、我々ポーンは戦徒。そして、感情が稀薄な故に、人のような愛情をもつことはありません。今のように人の心を得てからなら分かりませんが。」
あぁ、何組か仲睦まじい覚者とポーンの二人が脳裏を過った。
「でも、ジークさんって、ああいう人じゃん。」
「まぁ、そうですが。
思うに、彼は心を早くからもっていたのでしょう。ただ、ジークは、ポーンであっても私たちと異なる存在のように思えます。彼は人間を模した者ではないのではないでしょうか。それから、女性に対し、無理強いするようなことはありません。」
「……姉さん、私の質問に答えてないけど?」
「……一緒に旅をしたことがきっかけで、親しくしていたのは確かです。私は他の覚者様や戦徒の方々とあまり懇意にしてはおりませんでしたので、彼と二人での行動はしばしばあったかと思います。」
「ふーん。」
目を細めて姉さんを見る。まったく、平静を装ってるね。
「それで、今はジークさんのことをどう思っているのさ?」
さてさて、反撃。
「……。」
黙りを決め込むなんて、姉さんらしくないなぁ。よしよし、チャンスだ。
「姉さーん?(にやにや)」
「……私こそ心を得たのがマチルダ様と出会ってからですから、そういったことはマチルダ様以上に分かりかねるのです。ですよね?」
「うぐッ、それは……。」
やっぱり負けた……。