【柚子side】



「俺、お前が好きだ。彼女になれよ」



まだ水気が残る手をブンブン振る。


ハンカチなんて持ち合わせて無い様な女の子だ。


なのに目の前には、キレイな金髪に吸い込まれそうなグリーンの瞳。


すごく整った顔立ちの男の子が。


ハーフ…かな?


カッコイイ………。



じゃなくて‼︎


初対面の上、ここ女子トイレの前だから‼︎



「彼女になってくれんの?」

「…はっ⁉︎彼女⁉︎」

「うん」


どうしよう。


あたしの情報処理能力が間に合ってない‼︎


「あの…初対面、だよね?」

「一目惚れした。ついさっき」


つ、ついさっき〜⁉︎


あたし意味分からんよ……。


「じゃあ、今日から俺の彼女な。放課後、玄関で待ってるから」

「ええっ⁉︎ご、ごめんなさい‼︎」


体育の評価2のあたしが、廊下を猛ダッシュ‼︎


逃げるしかなくない⁉︎


絶対、からかわれてるだけじゃん‼︎



高校2年生の春。


早速、何かに巻き込まれちゃった。





ハァッと息を整えて『2-5』と札の付いた教室に入る。



あたし、三条柚子は平凡過ぎる高校2年生。


彼氏なんて生まれてこの方いた試しがない。


そんなあたしが、あんなカッコイイ人に告白される訳ないから…。



「あ、柚子〜。おかえり〜」


席に座りヒラヒラ手を振る女の子は、あたしの親友の佐伯奈々花(サエキ ナナカ)



肩までの茶髪にパッチリ目の美少女。


かなりモテるんだよね〜‼︎


「トイレ行っただけで疲れ過ぎじゃない⁉︎なんかあったの?」

「いや…なんか、知らないハーフっぽい男の子に……」

「ハーフ?あっ‼︎1年生の子でしょ?有名じゃん‼︎」

「そうなの⁉︎初対面なのに…」

「なのに〜?」

「告白紛いな事言われたんだよね」


あれ、モロ告白だったけど…。


そんな有名人の彼の戯言に過ぎない。


「嘘〜⁉︎羨ましい‼︎なんで⁉︎」

「そんなのあたしが知りたいよ〜」

「柚子にもとうとう彼氏か〜…。良いねぇ‼︎」

「だから付き合ってないってば‼︎」


奈々花、話進め過ぎ‼︎


『彼氏』なんて一言も言ってない‼︎





あたし達が席で騒いでいると、隣の席にドカッと明るい茶髪の男子が座った。


「柚子‼︎お前、彼氏出来たのか⁉︎どこのどいつだよ⁉︎」

「奈々花も佑馬も話進めんの好きだよね…」


焦った顔で、あたしを問い詰めるコイツは松下佑馬(マツシタ ユウマ)。


年中日焼けした肌に白い歯が目立つ、サッカーバカ。


1年の時から同じクラスの男友達。


「違うよ、佑馬〜。柚子、あのハーフの王子様に告られたの‼︎」

「はぁ〜⁉︎お前、アイツのこと好きなのか?」

「好きでもないし、あたし遊ばれただけだよ。絶対‼︎」

「遊ばれた⁉︎それも腹立つな…。1年の教室行って来るわ」

「バカ‼︎何言ってんのよ‼︎」


全力で佑馬の制服の裾を引っ張る。


脳筋で突拍子も無いんだから‼︎



そんな時、ちょうど良く授業開始のチャイムが鳴った。


次、数学か〜……。


「あ、やべ。柚子、数学の教科書見せて」

「佑馬のバーカ…」

「俺、なんかしましたっけ…」


ただの八つ当たり。


年下に遊ばれるとか、最低じゃん‼︎





放課後、リュックを持ち上げ帰ろうとした時。


「佐伯、三条‼︎ちょっと良いか」


担任に呼び止められたあたし達。


嫌な予感しかしない‼︎



「このプリント、出席番号順に並べて職員室に持ってってくれ」


ドンッと机に置かれた日本史のプリント達。


早く帰ろうと思ってたのに〜‼︎


「はぁ〜…柚子。早くやって早く帰ろうか…」

「そうだね…」


2人でコツコツ作業をしていると、いつの間にか校内は静かに。


終わったのはもう夕方……。


「やっと終わった〜‼︎あれ…?柚子、今何時⁉︎」

「5時だけど」

「ヤバイ‼︎あたし、5時半からバイトだった…」

「先帰りなよ‼︎これ職員室届けとくから‼︎」

「ごめん柚子‼︎ありがとう‼︎今度、なんか奢る‼︎」


かなり申し訳なさそうに奈々花は先に帰った。


あたしも職員室にプリントを届け、階段を降りて玄関へ。



そんな時、下駄箱に寄り掛かりスマホをいじる金髪の男の子が目に入った。


あのハーフの男の子⁉︎





ゆっくり近付くと、スマホから顔を上げた彼。


長めの金髪の前髪から覗くのは、すごくキレイな瞳……。


「おせぇ…。俺、待つの嫌いだ」

「えっ…?」

「今日の放課後、玄関で待ってるって言ったろ」


眉間にシワを寄せて不機嫌にあたしを見下ろす。


あれ、本気だったの⁉︎


「帰るぞ」

「あたし…アンタの名前も知らないのに一緒に帰るの?」

「瀧原大和。1年1組。好きな食べ物は、肉。分かったか?」

「ごめん。全然分かんない…」

「お前バカ?とりあえず、俺帰りてぇから帰る」


男の子の力でぐっと手首を掴まれる。


何も言えないあたしは、仕方なく瀧原君の背中に着いて行った。



「お前、家どこ?」

「遠いから駅までで良いよ」

「誰も送ってくなんて言ってねーし」


くっそ生意気だね…‼︎


危うくケツ蹴りそうになったわ‼︎


「駅、ここだからもう結構‼︎」

「なんだよ…。学校からすげー近いじゃん…」


シュンとした顔。


だ、騙されないから‼︎





リュックから定期を出し改札を通ろうとすると、パシッと手を掴まれた。


「連絡先教えてよ。柚子ちゃん」

「なっ、なんであたしの名前…‼︎」

「好きな子の名前ぐらい知ってる。スマホ貸せ」

「は、はい…」


スマホを渡すと、強制的に連絡先交換。


新しく〝瀧原大和〟って名前が刻まれた。


「いつでも連絡寄越して良いから」

「うん…。 分かった…」

「…その顔まだ俺のこと疑ってんだろ」

「当たり前でしょ…。こんな急展開疑うよ」

「じゃあ、もっと急展開しちゃう?」


クイっと顎を細い指で上げられ、近付いた端整な顔。


数秒後には、唇に柔らかい感触…。


「Thank you for my sweet girl」


耳元で囁かれた溶けそうになるハスキーボイス。


甘い声が何度も心でリピート。



キ、キ、キ、キスされたぁ〜⁉︎


ファーストキス呆気なさ過ぎ‼︎



電車に揺られなが1人、唇を指でなぞる。


あの甘い囁きに惚れそうになっちゃった……。


瀧原大和って何者ですか…。