「拓海には幼い頃に死に別れた母親がいてね。とてもいい母親だったんだけど、拓海を産んですぐに体をこわして、それで拓海が6歳の時だったかな・・・なくなったんだよ。」

「そうだったんだ・・・。」

拓海の、深くて寂しげな瞳の理由がわかったような気がした。

「だけど、父親がまた酒飲みでいつも飲んだくれていてね。拓海にしょっちゅう八つ当たりしていて。近所に住んでいた俺の家によく逃げてきてたよ。それでね、いつも俺に聞くんだ。目にいっぱい涙をためてね。『僕のお母さんは僕のせいで死んじゃったの?』って。」

宮浦さんはスプーンを置いて、鼻の下をこすった。

「どうも酔った父親にいつも『お前が生まれたせいでお母さんは死んだんだ』って言われ続けていたらしい。そのせいか、物心ついた時には、異常に女性に対して警戒心を抱くようになったんだ。」

「ど、どうして、ですか・・・?」

「例え好きになった女性がいても、自分のせいで離れていってしまうかもしれない、っていう恐怖心。これは、拓海にしかわからない気持ちなんだろうけど。幼い頃によほど父親の言葉が傷になって残ってしまったんだろうね。だから、拓海は努力して女性と付き合ったことはあるけれど、すぐに上手くいかなくて別れてしまってた。」

美鈴もスプーンを置く。

そうだったんだ。

だから、拓海は女性に歩み寄れない。

触れることすらも恐怖なんだ。

今まで解けなかった悲しい謎が解けていくのがわかった。

とても悲しい話。

知らなきゃよかった。

だけど、知りたかったことだった。

「だからね。美鈴ちゃん。僕がこないだ見てたところによると、拓海にとって君は特別な女性になりつつある人だと思う。彼自身もまだ気付いてないかもしれないけれど。」

美鈴の顔が一気に火照った。

「ゆっくりでいいから、拓海の心の壁を解きほぐしてやってほしい。君ならそれができるような気がする。」

美鈴は宮浦さんの目を見た。

宮浦さんはまっすぐに美鈴の目を見つめていた。

「はい。」

思わずそう答えていた。