拓海は黙ってそのページをじっと見つめている。

「かつてケルト文明発祥の地・・・。」

この美しい町を見て、そこが気になるんだ。

拓海という人は、やっぱり他の人とはどこか違うと美鈴は納得する。

本をゆっくりと閉じると、本棚に戻した。

またこないだのように表情のない横顔。

お気に召さなかった?

・・・とその時、美鈴の方に視線を向けた。

「ありがとう。君の言う通りとても美しい町だね。」

拓海の深い瞳に吸い込まれそうになりながら、コクンと頷く。

彼がハルシュタットの町を見て、どう感じたのかもっと聞きたいような気がした。

「じゃ。」と言って店を出ようとした拓海の背中を思わず呼び止める。

「あのっ!」

「ん?」

拓海は首だけこちらに向けた。

「あなたは行ってみたいと思った?」

「ハルシュタット?」

「そう。」

「まだよくわからないな。」

その返事を聞いて、なんとなくがっかりした。

自分の思いに共感はしてもらえなかったような気がした。

「だけど。」

拓海は続けた。

「ケルトには興味持ったよ。ちょっと調べてみようと思う。」

「ケルト?」

「どうせ行くなら、ケルト文明のこと調べてからの方がもっとハルシュタットに行く意味や価値が深まると思うよ。」

そう言うと、拓海は店を出て行った。


彼が出て行った店の間口をしばらく呆然と見つめていた。

なによ。

大きなお世話だっての。

私はケルトよりも、あの美しい町を一目でいいから見てみたいと思っただけなんだから。

「彼は深いねぇ。」

背後で店長がつぶやいた。

「聞いてたの?」

「聞こえてきたんだ。」

「彼は深いねぇなんて、まるで私が浅いみたいじゃない。」

「そうは言ってないけど。なぜこれほどに美しい町なのか、表面だけではわからないこともたくさんあるだろうから。そこを言ってるんだろ。なかなかおもしろい奴だよ。」